サプライチェーンの気候変動リスク評価は、調達先や物流拠点を含む事業全体について、大雨や高温などの気象災害が事業に与える影響を分析し、対応策を決める取り組みです。2027年3月期から東証プライム市場の大企業にSSBJ基準による開示が義務付けられ、環境省も2026年3月に物理的リスク評価の手引きを公表しました。本記事では、開示の対象と時期、評価の手順、サプライヤー側に生じる影響を整理します。
サプライチェーンの気候変動リスクとは
気候変動のリスクは、大雨や高温などの災害が拠点や設備に被害を与える物理的リスクと、規制強化や市場の変化から生じる移行リスクに分かれます。本記事が扱うのは物理的リスクです。
自社の工場に被害がなくても、部材を供給するサプライヤーの工場が浸水したり、物流網が寸断されたりすれば、自社の生産は止まります。そのため物理的リスクの評価は自社拠点だけでは足りず、調達先と物流を含めて行う必要があります。
国内で進む気象の変化
文部科学省と気象庁が2025年3月に公表した『日本の気候変動2025』によると、日本の年平均気温は1898年から2024年の間に100年あたり1.40℃の割合で上昇しました。日本近海の年平均海面水温も100年あたり1.33℃上昇しており、世界平均の上昇率(0.62℃)の2倍を超えています。
将来予測では、工業化以前の気候で100年に1回だった極端な高温が、世界平均気温が2℃上昇した場合は100年に約67回、4℃上昇した場合は約99回発生するとされています。極端な大雨も、4℃上昇時には100年に5.3回発生すると予測されています(いずれも全国平均)。
企業に求められる2つの対応:開示と適応
SSBJ基準による法定開示
2026年2月20日に公布・施行された改正開示府令により、東証プライム市場の上場企業のうち、平均時価総額3兆円以上の会社は2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の会社は2028年3月期から、有価証券報告書でSSBJ基準に沿った開示を行う義務を負います。5,000億円以上1兆円未満の会社については、2029年3月期から適用する方向が金融審議会のワーキング・グループ報告で示されていますが、2026年10月時点で府令は改正されていません。
SSBJ基準はISSB基準と整合しており、気候関連のリスクはバリューチェーン全体を範囲として識別することが求められます。物理的リスクの評価も自社拠点にとどまらず、調達先まで対象が広がります。
気候変動適応法による努力義務
開示とは別に、気候変動適応法第5条は、事業者が自らの事業活動を円滑に実施するため、事業活動の内容に即した気候変動適応に努めるよう定めています。この規定は規模や上場の有無を問わずすべての事業者が対象で、罰則のない努力義務です。開示義務を負わない企業にとっても、サプライチェーンの途絶に備えることは同条の趣旨に沿う取り組みになります。
物理的リスク評価の進め方
環境省は2026年3月26日、「気候変動の物理的リスク評価の手引き-気候変動適応で企業価値を高める-(2025年度版)」を公表しました。ISSB基準やSSBJ基準で物理的リスクを開示する企業や、気候変動適応に取り組む企業の実務担当者を対象にした資料です。
手引きでは、自社にとって重要なリスクをスクリーニングする手法を示したうえで、民間企業の開示件数が多い「洪水」「水ストレス」「原材料調達」「暑熱」の4つについて、分析手法やデータ、先行事例を紹介しています。手引きが示す手法は例示であり、自社の事業や拠点の特性に合わせて手法を選ぶよう明記されています。
サプライチェーンを対象にする場合は、次の順で進めると評価の範囲が絞れます。
- 主要サプライヤーと物流拠点の所在地を一覧にする
- ハザードマップや気象データを使い、所在地ごとに洪水や高温の危険度を確認する
- 代替が難しい部材を供給するサプライヤーを優先し、供給停止が自社の生産に与える影響を見積もる
- 調達先の分散、在庫の積み増し、取引先とのBCPのすり合わせなど、対応策を決める
サプライヤー側に生じる影響
開示義務を負うのは大企業ですが、評価の材料はサプライヤーから集める必要があります。そのため、上場していない中堅・中小の製造業にも、取引先から拠点の所在地、浸水対策、災害時の代替生産体制などについて回答を求める依頼が届くようになります。
回答に備えて、自社拠点のハザード情報、過去の被災や操業停止の記録、BCPの有無と内容をまとめておくと、依頼が届いた時点で回答が出せます。Scope3算定のための排出量データの依頼とあわせて届くことも考えられるため、両方をまとめて管理しておくと回答の手間が減ります。
FAQ
Q1: SSBJ基準の開示義務はいつから、どの企業が対象ですか?
A: 東証プライム市場の上場企業のうち、平均時価総額3兆円以上の会社が2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の会社が2028年3月期から対象です。5,000億円以上1兆円未満の会社は2029年3月期からとする方向が示されていますが、2026年10月時点で府令は改正されていません。
Q2: 開示義務のない企業も物理的リスクを評価する必要がありますか?
A: 気候変動適応法第5条により、すべての事業者は事業活動の内容に即した気候変動適応に努めるものとされています。また、開示義務を負う取引先から情報提供を求められる場合があるため、自社拠点のリスクを把握しておくと対応がしやすくなります。
Q3: 物理的リスク評価では何を分析すればよいですか?
A: 環境省の手引き(2025年度版)は、まず自社にとって重要なリスクをスクリーニングし、そのうえで「洪水」「水ストレス」「原材料調達」「暑熱」などについて分析する手順を示しています。サプライチェーンの評価では「原材料調達」が中心になります。
まとめ
SSBJ基準の開示義務は大企業から段階的に始まりますが、評価の範囲は調達先に及ぶため、上場していない取引先にも情報提供の依頼が届きます。まずは主要サプライヤーと自社拠点の所在地を一覧にし、ハザードマップで危険度を確認するところから始めてください。
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