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TCFDシナリオ分析とは?進め方6ステップと開示・SSBJ対応まで徹底解説

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TCFDシナリオ分析とは?進め方6ステップと開示・SSBJ対応まで徹底解説

気候変動が事業に与える影響を、将来の複数の世界観(シナリオ)に基づいて評価する「TCFDシナリオ分析」は、サステナビリティ情報開示の中核を担う取り組みです。プライム市場上場企業への事実上の開示要請に加え、SSBJ基準の確定により制度面での重要性はさらに高まっています。一方で、「何から手をつければよいか分からない」「定量評価のハードルが高い」と感じる企業も少なくありません。本記事では、TCFDシナリオ分析の基本から、移行リスク・物理的リスクの考え方、代表的なシナリオ、環境省ガイドラインに沿った6ステップの進め方、そして最新の開示制度動向までを体系的に解説します。

INDEX

TCFDシナリオ分析とは

TCFDシナリオ分析とは、気候変動に関連するリスクと機会が、将来の異なる社会・経済の前提(シナリオ)のもとで自社の事業や財務にどのような影響を及ぼすかを評価し、その結果を経営戦略に反映して開示する一連のプロセスを指します。単なる予測ではなく、「もしこのような世界になったら、自社はどうなるか」を複数の前提で描き出し、戦略の強靭性(レジリエンス)を検証する点に特徴があります。

TCFD提言の概要と4つの開示項目

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、G20の要請を受けて金融安定理事会(FSB)が設立した組織で、2017年に最終提言を公表しました。背景には、低炭素経済への移行に伴って温室効果ガス排出量の多い資産が再評価され、金融システムの安定が損なわれかねないという問題意識があります。

TCFD提言は、企業に対して4つの中核項目に沿った開示を求めています。1つ目は「ガバナンス」で、気候関連のリスクと機会を取締役会や経営層がどのように監督・管理しているかを示すものです。2つ目は「戦略」で、短期・中期・長期にわたる気候関連リスク・機会と、それが事業・戦略・財務計画に与える影響を説明します。3つ目は「リスク管理」で、気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスを示します。4つ目は「指標と目標」で、リスクと機会を評価するために用いる指標や温室効果ガス排出量、削減目標などを開示します。

シナリオ分析が「戦略」開示の中核とされる理由

この4項目のうち、シナリオ分析が直接関わるのが「戦略」の項目です。気候変動の影響は数十年単位で顕在化し、不確実性も大きいため、単一の将来予測で語ることは適切ではありません。そこでTCFDは、気温上昇が抑制される世界と、対策が進まない世界など、複数のシナリオを用いて影響を検討することを求めています。

複数のシナリオで自社への影響を検証することにより、特定の前提に偏らない頑健な戦略を立案できます。投資家にとっても、企業が将来の不確実性をどの程度織り込み、どのような備えをしているかを判断する材料になります。シナリオ分析は、気候変動という長期課題を経営の意思決定に組み込むための「翻訳装置」といえます。

TCFD解散後のISSB・SSBJへの流れ

ここで押さえておきたいのが、TCFDという組織自体の位置づけの変化です。TCFDは役割を一定程度果たしたとして2023年に解散し、開示状況のモニタリング機能はIFRS財団へ引き継がれました。とはいえ、TCFDの考え方が失われたわけではありません。

国際的には、IFRS財団のもとに設立されたISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が、2023年6月にIFRS S1号(全般的要求事項)とIFRS S2号(気候関連開示)を公表しました。これらはTCFDの4つの柱を土台として組み込んでおり、シナリオ分析の考え方も引き継がれています。日本では、ISSB基準と整合的な国内基準を開発するためにSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が2022年に発足し、2025年3月に国内基準が確定しました。つまり、TCFDシナリオ分析で培ったノウハウは、ISSB・SSBJ基準への対応にそのまま生きる構造になっています。

なぜ今TCFDシナリオ分析が重要なのか

TCFDという名称が制度の前面から退いた今でも、シナリオ分析の重要性はむしろ高まっています。その理由を、日本企業を取り巻く制度・市場環境の観点から整理します。

プライム市場上場企業に求められる開示

日本では、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂により、東証プライム市場の上場企業に対して、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実が求められるようになりました。これは2022年4月から適用され、事実上の開示要請として機能しています。

さらに、2023年3月期以降の有価証券報告書には「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されました。共通項目のうち「ガバナンス」と「リスク管理」の記載は必須とされ、「戦略」と「指標と目標」については重要性に応じて記載が求められます。シナリオ分析はこの「戦略」を裏付ける根拠として、開示の説得力を左右する要素になっています。

SSBJ基準の確定と義務化スケジュール

制度面でもっとも大きな動きが、SSBJ基準の確定です。SSBJは2024年3月に公開草案を示し、意見募集を経て2025年3月に基準を最終化しました。これにより、日本のサステナビリティ情報開示は任意の取り組みから、段階的な義務化のフェーズへと移行しつつあります。

金融庁の審議会で示されたロードマップによれば、まず時価総額3兆円以上のプライム上場企業を対象に2027年3月期から有価証券報告書での開示が義務化される見通しです。その後、2028年3月期には時価総額1兆円以上の企業へと対象が拡大し、最終的にはプライム市場の全企業へ適用が広がっていく方向で議論が進んでいます。対象企業数は段階的に拡大し、最終的には1,600社超に及ぶ規模が想定されています。義務化の初期段階では一部の大企業が対象ですが、サプライチェーンを通じた波及を考えると、中堅・中小企業にとっても無関係ではありません。

投資家・取引先からの要請の高まり

制度だけでなく、市場からの要請も無視できません。機関投資家はESG評価の一環として気候関連開示を重視しており、シナリオ分析の有無や質が投資判断や対話(エンゲージメント)の論点になります。また、大企業が自社のサプライチェーン全体の排出量(Scope 3)や気候リスクを把握しようとする動きが強まる中で、取引先である中堅・中小企業にも気候リスクの説明を求める流れが広がっています。

こうした背景から、TCFDシナリオ分析は「上場企業の一部だけが行う特別な作業」から、「事業を継続するうえで備えておくべき経営課題」へと位置づけが変わりつつあります。

シナリオ分析で扱う2つの気候関連リスク

シナリオ分析を理解するうえで欠かせないのが、気候関連リスクの分類です。TCFD提言では、気候変動に関連するリスクを大きく「移行リスク」と「物理的リスク」の2つに分けています。それぞれの性質を理解することが、分析の出発点になります。

移行リスクとは

移行リスクとは、脱炭素経済へ社会が移行していく過程で生じるリスクを指します。代表的なものとして、炭素税の導入や排出規制の強化といった政策・法規制リスク、低炭素技術への置き換えが進むことで既存設備や技術が価値を失う技術リスク、消費者の選好変化や原材料コストの変動による市場リスク、気候対応の遅れによる企業イメージの低下や資金調達への影響といった評判リスクが挙げられます。

移行リスクは、気候変動対策が積極的に進む世界(後述する1.5℃や2℃の世界)でより大きく顕在化する傾向があります。規制が厳しくなり、炭素価格が上昇するほど、排出量の多い事業ほど大きな影響を受けるためです。

財務面で見ると、移行リスクは操業コストの増加(炭素税の負担、再生可能エネルギー由来の電力への切り替えコストなど)、設備投資の増加(低炭素技術への置き換え)、売上の変動(低炭素製品への需要シフトや既存製品の競争力低下)といった形で表れます。自社の事業がどの財務項目を通じて影響を受けるのかを早い段階で整理しておくと、後の事業インパクト評価がスムーズになります。

物理的リスクとは

物理的リスクとは、気候変動そのものがもたらす物理的な影響によるリスクを指します。これはさらに、台風や豪雨、熱波といった極端な気象現象による「急性リスク」と、平均気温の上昇や海面上昇、降水パターンの変化といった長期的な変化による「慢性リスク」に分けられます。

物理的リスクは、自社の拠点だけでなく、サプライチェーンの寸断や原材料調達への影響、従業員の健康被害など、幅広い経路で事業に影響を及ぼします。物理的リスクは、気候変動対策が進まず気温上昇が大きくなる世界(4℃の世界)でより深刻になる傾向があります。

リスクと機会の両面で捉える視点

シナリオ分析はリスクの洗い出しに目が向きがちですが、TCFDは「機会」の評価も重視しています。省エネルギー化による資源効率の向上、再生可能エネルギーの活用、低炭素な製品・サービスへの需要拡大、レジリエンスの高い事業への転換などは、適切に捉えれば競争力の源泉になります。脱炭素への移行を脅威としてだけでなく、新たな市場や事業機会として位置づける視点が、戦略的な開示につながります。

たとえば、規制強化が進む1.5℃の世界では、いち早く低炭素製品を投入できる企業が市場シェアを拡大できる可能性があります。エネルギーコストの上昇局面では、省エネ投資を先行して進めた企業ほど操業コストの優位を確保しやすくなります。物理的リスクが顕在化する世界では、災害に強いサプライチェーンを構築した企業が安定供給という付加価値を提供できます。同じシナリオでも、リスクと機会は表裏一体であり、どちらに注目するかで戦略の方向性が変わります。両面をバランスよく評価することが、説得力のある開示と前向きな経営判断の双方につながります。

TCFDシナリオ分析で用いる代表的なシナリオ

シナリオ分析では、将来の世界を描くために既存の国際的なシナリオを参照します。一般的には、対策が大きく進む世界と、進まない世界の2つを軸に据え、自社にとって意味のある複数のシナリオを設定します。

1.5℃/2 ℃シナリオ

1.5 ℃や2 ℃のシナリオは、世界が脱炭素に向けて積極的に対策を進め、産業革命前からの気温上昇を1.5 ℃または2 ℃未満に抑える世界を想定します。この世界では、炭素税の導入や排出規制の強化、再生可能エネルギーへの転換が急速に進みます。そのため、移行リスクが相対的に大きくなる一方、物理的リスクは抑えられます。排出量の多い事業を抱える企業にとっては、規制対応や設備の転換にかかるコストをどう見込むかが論点になります。

4 ℃シナリオ

4 ℃シナリオは、追加的な気候変動対策がほとんど行われず、現行の政策のまま推移した結果、気温が大きく上昇する世界を想定します。この世界では移行に伴う規制の影響は限定的である一方、異常気象の激甚化や海面上昇など物理的リスクが深刻になります。沿岸部や水害リスクの高い地域に拠点を持つ企業、自然環境に依存する事業を営む企業にとっては、物理的リスクの定量評価が特に重要になります。

参照される主なシナリオ・データ(IEA・IPCC・NGFS)

実際の分析では、これらの世界観を裏付けるために公的機関や国際機関のシナリオを参照します。移行リスクの分析では、IEA(国際エネルギー機関)が公表する「World Energy Outlook」が広く用いられ、現行政策シナリオ(STEPS)、表明公約シナリオ(APS)、2050年ネットゼロシナリオ(NZE)などが参照されます。

物理的リスクの分析では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書が基礎資料となり、第6次評価報告書で示されたSSPシナリオ(SSP1-1.9やSSP1-2.6などの低排出シナリオから、高排出シナリオまで)が用いられます。このほか、金融分野ではNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)のシナリオやPRIのシナリオも参照されます。自社の業種や事業特性に合わせて、これらの中から適切なシナリオとパラメータを選ぶことが、分析の信頼性を支えます。

TCFDシナリオ分析の進め方6ステップ

ここからは、実際の進め方を見ていきます。環境省が公表している「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ(シナリオ分析実践ガイド)」では、シナリオ分析の手順を6つのステップに整理しています。以下、各ステップの要点を解説します。

ステップ1:ガバナンスの整備と対象範囲の設定

最初のステップは、シナリオ分析を進めるための社内体制を整えることです。気候関連のリスクと機会を戦略策定やリスク管理のプロセスに組み込み、取締役会などによる監督体制を整えます。あわせて、分析に巻き込むべき社内外のステークホルダーを特定し、関与の仕方を決めます。

この段階で、分析の「対象範囲」と「時間軸」を設定することも重要です。どの事業・地域を対象とするのか、2030年や2050年など、どの時点を見据えるのかを決めておかないと、分析が網羅性を欠いたり、焦点が定まらなかったりします。まずは経営層にシナリオ分析の意義を説明し、理解を得ておくと、その後のプロセスが円滑に進みます。

ステップ2:リスク重要度の評価

次に、移行リスクと物理的リスクから受けうる影響の大きさを評価します。自社が現在および将来直面しうる気候関連のリスクと機会は何か、それらが将来的に重要となる可能性があるか、ステークホルダーが関心を抱いているか、といった観点で検討します。

この段階では、TCFD提言やセクター別ガイダンス、競合他社の開示情報などを参考に、リスク・機会の項目ごとに影響を定性的に表現し、おおまかな重要度付けを行います。すべてのリスクを同じ深さで分析するのは現実的ではないため、ここで優先順位を整理し、重点的に分析すべき項目を絞り込むことが効率的な進行の鍵になります。

ステップ3:シナリオ群の定義

重要度の高いリスク・機会を踏まえ、分析に用いるシナリオ群を定義します。IEAやIPCCなどのレポートを参照しながら、1.5 ℃/2 ℃の世界と4℃の世界など、複数のシナリオにおいて自社が受ける影響を、将来のステークホルダーの動きを踏まえて具体的に描いていきます。

このステップでは、いきなり数値計算に入るのではなく、まず関係者の間で「それぞれの世界観がどのようなものか」というイメージを定性的に共有することが大切です。世界観の共有がないまま定量評価に進むと、前提がずれたまま計算が進み、結果の解釈が困難になります。シナリオ群の定義は、分析全体の方向性を決める要となる工程です。

ステップ4:事業インパクト評価

定義したシナリオのもとで、気候関連のリスク・機会が自社の事業や財務にどの程度の影響を及ぼすかを評価します。まず、影響を受ける財務項目(売上、調達コスト、設備投資、操業コストなど)を整理し、各項目について、さまざまなデータやパラメータを活用してインパクトを算定していきます。

移行リスクの算定では炭素価格や需要の変化などのパラメータを、物理的リスクの算定では国土交通省が示す物理リスク評価の手引などを参照することが有用です。事業インパクト評価は、ステップ3のシナリオ群の定義と並んで、分析全体のなかでも特に重要かつ難易度の高い工程とされています。初年度から完璧な定量評価を目指す必要はなく、まずは概算で影響の方向性と規模感をつかむことから始めるのが現実的です。

ステップ5:対応策の定義

評価したインパクトを踏まえ、リスクを低減し機会を活かすための対応策を検討します。現状の対応策を整理したうえで、競合他社の取り組みも参考にしながら内容を精緻化していきます。あわせて、脱炭素に向けた移行計画(トランジションプラン)の策定も同時に検討します。

ここで重要なのは、対応策を「分析のための分析」で終わらせず、実際の経営戦略や事業計画に結びつけることです。シナリオ分析の本来の目的は、気候変動という不確実性に対して自社の戦略がどれだけ頑健かを検証し、必要な打ち手を経営判断に反映させることにあります。

ステップ6:文書化と情報開示

最後に、これまでの分析結果と対応策を文書化し、開示します。有価証券報告書や統合報告書、サステナビリティレポート、自社ウェブサイトなど、開示の場は複数あります。TCFDの4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿って整理すると、読み手にとって分かりやすく、ISSB・SSBJ基準への対応とも整合が取りやすくなります。

開示は一度で完結するものではなく、毎年の更新を通じて精度と範囲を高めていく継続的な取り組みです。初年度は定性的な記述が中心であっても、年を追うごとに対象範囲を広げ、定量評価を充実させていく姿勢が、ステークホルダーからの信頼につながります。

TCFDシナリオ分析を進める際のポイント

6ステップの流れを押さえたうえで、実務を円滑に進めるための実践的なポイントを整理します。

定性評価から始め段階的に定量化する

シナリオ分析でつまずきやすいのが、最初から精緻な定量評価を目指してしまうことです。気候関連の財務影響の算定には多くの前提とデータが必要で、初年度から完璧を求めると着手のハードルが上がります。まずは定性的に世界観とリスク・機会を描き、影響の方向性と大まかな規模感を共有したうえで、翌年以降に重要な項目から段階的に定量化していくアプローチが現実的です。

スコープを絞って毎年高度化する

事業領域が多岐にわたる企業の場合、すべての事業を一度に分析するのは負担が大きくなります。初年度は影響の大きい主力事業や、リスクエクスポージャーの高い領域に対象を絞り、翌年以降に対象範囲を拡大していく方法が有効です。シナリオ分析は単年度の作業ではなく、継続的に更新・改善していく性質のものだという前提に立つと、無理のない計画を立てやすくなります。

全社横断の体制と外部知見の活用

シナリオ分析は、サステナビリティ部門だけで完結する作業ではありません。事業部門が持つ現場の知見、財務部門が持つデータ、リスク管理部門の知見など、複数の部門の協業があって初めて、開示に耐えうる信頼性のある分析が可能になります。また、シナリオの選定や物理的リスクの定量評価には専門的な知識が求められるため、外部の専門家や支援ツールを活用することも、効率と精度を両立させる現実的な選択肢です。

TCFDシナリオ分析の開示事例から学べること

実際に開示を行っている企業の事例からは、いくつかの共通する工夫が読み取れます。多くの企業は、1.5 ℃/2 ℃シナリオと4 ℃シナリオの2つを軸に据え、それぞれの世界で自社が直面するリスク・機会を整理しています。製造業では、炭素税による操業コストの増加や、低炭素製品への需要シフトを移行リスク・機会として、自然災害による生産拠点への影響を物理的リスクとして評価する例が見られます。金融機関では、投融資先のポートフォリオが脱炭素移行や物理的リスクからどのような影響を受けるかを評価する取り組みが進んでいます。

一方で、開示でよくある課題もあります。定量評価が一部にとどまり影響規模が示されていない、対応策が一般的な記述に終始し具体性を欠く、シナリオの前提や参照データが明示されていない、といった点です。これらは、年次での更新を通じて段階的に改善していくことが期待されます。事例を参考にする際は、完成度の高い開示をそのまま真似るのではなく、自社の事業特性に照らして「どのリスクが重要か」を見極める視点が欠かせません。

また、近年は気候変動だけでなく、自然資本や生物多様性に関する開示の枠組み(TNFD)への関心も高まっており、TCFDシナリオ分析の手法を応用して両者を統合的に分析する企業も現れています。気候と自然は相互に関連するため、シナリオ分析で培った進め方や体制は、より広いサステナビリティ課題への対応にも応用が利きます。先行事例から学ぶ際には、開示の内容そのものに加えて、どのような体制で、どの程度の期間をかけて分析を高度化してきたかという「プロセス」にも注目すると、自社の取り組み方をイメージしやすくなります。

TCFDシナリオ分析に関するよくある質問

TCFDが解散したのに、シナリオ分析はまだ必要なのか、という疑問を持つ方がいます。TCFDという組織は解散しましたが、その枠組みはISSBのIFRS S2号やSSBJ基準に引き継がれており、シナリオ分析の考え方は今後も開示の中核であり続けます。むしろ義務化の進展により、重要性は高まっています。

上場していない中小企業にも関係があるのか、という質問もよく聞かれます。義務化の初期対象は時価総額の大きいプライム上場企業ですが、大企業がサプライチェーン全体の気候リスクや排出量を把握しようとする動きが広がっており、取引先として説明を求められる場面が増えています。早めに基本的な考え方を理解しておくことには意義があります。

分析にどのくらいの期間がかかるのか、という点も気になるところです。対象範囲や精度によって大きく異なりますが、初年度は体制整備とリスクの洗い出し、定性的なシナリオ分析を中心に数か月単位で取り組み、翌年以降に定量評価を深めていく進め方が一般的です。

自社だけで対応すべきか、外部の支援を受けるべきか、という相談も多くあります。ガバナンス整備やリスクの洗い出しは社内の知見が不可欠ですが、シナリオの選定や物理的リスクの定量評価、参照パラメータの設定などには専門的な知識が求められます。社内のリソースや知見の状況に応じて、専門家や支援ツールを組み合わせることで、効率と精度を両立しやすくなります。

開示はどの媒体で行えばよいのか、という質問もあります。義務化の対象企業は有価証券報告書での開示が求められますが、それ以外にも統合報告書やサステナビリティレポート、自社ウェブサイトなど複数の場があります。TCFDの4つの柱に沿って整理しておくと、媒体をまたいでも一貫した開示がしやすくなります。

まとめ:TCFDシナリオ分析は気候リスクを経営戦略に組み込む第一歩になります

TCFDシナリオ分析は、気候変動という長期かつ不確実性の高い課題を、複数の将来シナリオを通じて具体的な事業・財務への影響として捉え、経営戦略に組み込むための手法です。移行リスクと物理的リスクの両面を理解し、1.5 ℃/2 ℃と4 ℃といった代表的なシナリオを軸に、ガバナンス整備からリスク評価、シナリオ定義、事業インパクト評価、対応策の定義、文書化・開示までの6ステップで進めていくのが基本の流れです。

TCFDという組織は解散しましたが、その枠組みはISSB・SSBJ基準に引き継がれ、日本でも開示の義務化が段階的に進んでいます。重要なのは、初年度から完璧を目指すのではなく、定性評価から始めて対象範囲と精度を毎年高めていく継続的な姿勢です。シナリオ分析を「開示のための作業」にとどめず、自社の戦略を強靭にする機会として活用することが、気候変動時代の企業価値向上につながります。

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