政策&法規制

EUはエンジン車の禁止を撤回したのか?背景・真意・自動車産業への影響を整理

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EUはエンジン車の禁止を撤回したのか?背景・真意・自動車産業への影響を整理

欧州連合(EU)が打ち出した「2035年までのエンジン車販売禁止」という野心的な政策は、世界の自動車産業に激震を走らせました。しかし、2024年から2025年にかけて、「EUが禁止を撤回した」「方針を転換した」というニュースが相次いで報じられています。

果たして、EUは本当にエンジン車を諦めていないのでしょうか。それとも、単なる一時的な修正に過ぎないのでしょうか。本記事では、この複雑な動向を多角的に分析し、政策の真意、背景にある産業界の苦悩、そしてe-fuel(合成燃料)が持つ役割について詳しく解説します。脱炭素の最前線で起きているリアルな変化を整理していきましょう。


INDEX

EUのエンジン車禁止政策とは何だったのか

EUのエンジン車禁止政策を正しく理解するためには、まずその発端となった規制の法的な枠組みを確認する必要があります。

2035年規制の概要

この議論の出発点は、2021年にEUの欧州委員会が発表した気候変動対策パッケージ「Fit for 55」に含まれる、乗用車および小型商用車(バン)のCO2排出基準に関する規制案です。この案では、2035年までに新車から排出されるCO2を2021年比で「100%削減」することが義務付けられました。

対象となる車両と排出規制の考え方

ここでのポイントは、「エンジンの禁止」そのものを明文化したわけではなく、「テールパイプ(排気管)からの排出をゼロにする」という規制手法をとったことです。ガソリンや軽油を燃焼させて走る従来のエンジン車は、走行中に必ずCO2を排出するため、この規制値をクリアすることができません。結果として、排出がゼロであるEV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)しか販売できなくなるという、極めて強力な規制でした。

「エンジン車禁止」と表現される理由

実質的に内燃機関(ICE:Internal Combustion Engine)を搭載した車両の販売が不可能になることから、メディアや業界内では「エンジン車禁止」という言葉が定着しました。これは単なる環境規制を超え、欧州の産業構造を根本から作り変える歴史的な「死刑宣告」とも捉えられていました。


EUは本当にエンジン車の禁止を撤回したのか

結論から言えば、EUは「完全な撤回」をしたわけではありません。しかし、「条件付きでエンジン車の継続を認める」という極めて重要な方針修正を行いました。

「撤回」と報じられる背景

2023年春、ドイツ政府を中心とする一部の加盟国が、最終的な法案採択の直前で反旗を翻しました。彼らは、特定の条件を満たしたエンジン車であれば、2035年以降も存続させるべきだと主張したのです。これを受け、欧州委員会が妥協案を提示したことが「撤回」や「白紙撤回」という見出しで報じられる要因となりました。

実際に変更されたポイント

修正の核心は、「e-fuel(イーフューエル:合成燃料)」のみを使用する車両に限定して、2035年以降の新車販売を例外的に認めるという点にあります。e-fuelは、製造過程で大気中のCO2を回収し、再生可能エネルギー由来の水素と合成して作られるため、燃焼時にCO2を出しても「実質ゼロ」とみなされます。

完全撤回と制度修正の違い

「撤回」という言葉が一人歩きしていますが、実態は「制度の柔軟化」です。ガソリンや軽油で走る従来のエンジン車が認められたわけではなく、カーボンニュートラルを担保できる新しい燃料技術(e-fuel)に限って、エンジンの生存権が認められたに過ぎません。依然として「排出量ゼロ」を目指すという大目標に変更はありません。


エンジン車禁止方針が見直される理由

なぜ、一度は固まりかけた「EV一辺倒」の方針が揺らぎ、見直しが議論されるようになったのでしょうか。そこには3つの大きな壁が立ちはだかっていました。

EV普及の現実的な課題

まず、EVの普及スピードが当初の想定より鈍化していることが挙げられます。

  • 価格の高さ: 補助金が削減される中で、大衆車としての価格競争力がまだ十分ではありません。
  • 航続距離と冬場の性能: 寒冷地でのバッテリー性能低下や、長距離走行への不安が依然として消費者の心理的障壁となっています。

産業・雇用への影響

欧州、特にドイツやイタリアにとって自動車産業は経済の背骨です。

  • 部品点数の減少: エンジン車に比べ、EVは部品点数が約3分の1程度に減少します。これにより、エンジン、変速機、排気系に関わる膨大なサプライヤー(部品メーカー)の雇用が失われる懸念が現実味を帯びてきました。
  • 中国勢の台頭: EV化を急進させた結果、安価で競争力の高い中国製EVが欧州市場を席巻し始め、欧州メーカーの市場シェアを脅かすという皮肉な結果を招いています。

エネルギー供給・インフラ問題

車両だけがEVになっても、インフラが追いついていないという物理的な限界も露呈しました。

  • 充電器不足: 特に集合住宅が多い地域や農村部での急速充電器設置が遅れています。
  • 電力網の負荷: 大量のEVが一斉に充電することで、既存の電力網(グリッド)が耐えられないという懸念や、そもそも充電するための電力が火力発電由来であれば、脱炭素の意味がないという本質的な問いが突きつけられています。

e-fuel(合成燃料)をめぐるEUの方針転換

今回の議論の「救世主」として登場したのがe-fuelです。これがエンジン車存続の唯一のカードとなりました。

e-fuelとは何か

e-fuelは「液体太陽光」とも呼ばれる人工的な燃料です。

  1. 工場などから排出されたCO2、あるいは大気中のCO2を回収。
  2. 再生可能エネルギー(太陽光や風力)で作った電気で水を電気分解し、水素を製造。
  3. このCO2と水素を化学合成して、ガソリンや軽油に近い液体燃料を作ります。

内燃機関と脱炭素の両立という考え方

e-fuelの最大の利点は、既存のガソリンスタンドインフラや、現在道を走っているエンジン車の仕組みをそのまま利用できることです。燃料そのものがカーボンニュートラルであれば、エンジンを回しても地球温暖化に加担しない。これが「内燃機関を悪者にしない脱炭素」の論理です。

エンジン車継続を認める例外措置

EUの修正案では、2035年以降に販売されるエンジン車には「e-fuel以外の燃料(ガソリンなど)を入れるとエンジンがかからないようにするセンサーやシステムの搭載」を義務付ける方針が議論されています。これにより、既存の化石燃料への回帰を厳密に防ぎつつ、エンジンの技術開発を継続させる道を作りました。


EU各国・政治勢力のスタンスの違い

EUは一枚岩ではありません。この規制を巡っては、国益と環境理念が複雑に絡み合っています。

規制強化を支持する国・勢力

フランスや北欧諸国、そして欧州議会のリベラル・環境派勢力は、依然として「EV化を遅らせるべきではない」と主張しています。彼らは、例外を設けることが石油業界への誤ったメッセージになり、投資を停滞させると危惧しています。

見直しを求める国・業界

ドイツ、イタリア、ポーランド、チェコといった「自動車製造業」が強い国々は、技術の多様性を重んじる「技術中立性」を掲げて見直しを求めてきました。また、ポルシェやフェラーリといったスポーツカーメーカーも、ブランドの核であるエンジンの存続に強くこだわっています。

EU内の合意形成の難しさ

2024年の欧州議会選挙で右派が躍進したことも影響しています。環境規制が市民の生活コストを押し上げているという不満が高まり、欧州委員会も「あまりに急進的なグリーン政策」から「産業の競争力を守る現実的な政策」へのバランス調整を余儀なくされています。


EUの方針見直しが自動車産業に与える影響

この方針修正は、単なるルール変更ではなく、数兆円規模の投資の方向性を左右します。

欧州自動車メーカーへの影響

フォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツなどは、一度は「全ラインナップのEV化」を宣言しましたが、現在はハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売継続や、エンジンの改良にも再びリソースを振り分けています。EV専業への移行リスクを分散させる「プランB」の重要性が増しています。

日本メーカー・サプライヤーへの波及

日本勢(トヨタ、ホンダ、日産、マツダなど)にとって、この流れは追い風と言えます。日本は長年、ハイブリッド技術や水素エンジン、e-fuelの研究など、マルチパスウェイ(全方位)戦略を提唱してきました。EUがエンジン車の生存を認めたことは、日本企業の技術的選択の正しさが一部認められた形となり、特にエンジン部品を製造する中小サプライヤーにとっては希望の光となっています。

EV一辺倒からの戦略転換の可能性

世界的に「EVキャズム(普及の停滞期)」が指摘される中、業界全体が「何が何でもEV」という強迫観念から脱却し、用途や地域特性に応じた最適な動力源を使い分ける「現実的な脱炭素」へとシフトしつつあります。


脱炭素政策としての評価と課題

環境の観点から、この見直しをどう評価すべきでしょうか。

気候変動対策としての実効性

e-fuelが救世主になるためには、解決すべき大きな課題があります。

  • エネルギー効率: 電気で直接走るEVに比べ、電気から燃料を作り、それを燃やすe-fuelはエネルギー効率が極めて低くなります。
  • コスト: 現時点では1リットルあたり数百円から数千円という高コストであり、これが2035年までにリッター100円〜200円程度まで下がるかどうかは不透明です。

技術中立性という考え方

「ゴール(脱炭素)は一つだが、手段は自由であるべき」という技術中立性の考え方は、イノベーションを促進する上で健全です。EVに特化しすぎて他の技術(水素や合成燃料)を切り捨ててしまうリスクを、今回の見直しは回避したと言えます。

規制とイノベーションのバランス

規制があまりに厳しすぎると産業が空洞化し、緩すぎると脱炭素が進まない。EUは今、世界で最も難しい「規制の着地点」を模索している最中です。


EUエンジン車規制の今後の見通し

2035年まであと10年。政策はまだ動く可能性があります。

今後想定される政策シナリオ

2026年に予定されている「規制のレビュー(見直し時期)」が最大の注目点です。ここで、2035年の目標そのものを緩和するのか、あるいはハイブリッド車をさらに広く認めるのかなど、より踏み込んだ議論が行われるでしょう。

規制が完全撤回される可能性はあるのか

「排出ゼロ」という目標を完全撤回することは、EUの国際的な威信に関わるため、極めて可能性は低いです。しかし、e-fuel以外のカーボンニュートラルな手段が今後現れれば、さらに例外が追加される可能性は否定できません。

長期的に目指すエネルギー・交通の姿

最終的には、乗用車はEV、大型トラックは水素、既存のスポーツカーや航空機はe-fuelといった具合に、適材適所の「混合型脱炭素社会」を目指す姿がより現実的な未来として描かれています。


まとめ:「EU、エンジン車禁止方針の修正」を踏まえたマルチパスウェイ戦略の重要性が高まっています

EUによる2035年エンジン車禁止の方針修正は、けっして「脱炭素の旗を降ろした」わけではありません。むしろ、EVだけに依存する危うさを認め、**「e-fuelを含む内燃機関の脱炭素化」**という選択肢を公式に取り入れた、より粘り強く現実的なアプローチへの転換です。

この動向が示すのは、サステナブルな社会への移行には、単一の「正解」を押し付けるのではなく、各地域のインフラ、雇用、技術的な成熟度を考慮した多様なアプローチが必要であるという教訓です。

企業や投資家にとって、今最も重要なのは、「EU、エンジン車禁止方針の修正を踏まえたマルチパスウェイ戦略の重要性」を再認識することです。特定の技術に全賭けするのではなく、EV、水素、合成燃料といった複数の技術を、データと市場動向に基づいて冷静にポートフォリオ化し、しなやかに脱炭素化を推進する経営姿勢こそが、不確実な未来において勝ち残るための唯一の道となるでしょう。

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