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ISSBが自然関連の情報開示基準を策定へ|TNFDとの連携で企業のサステナビリティ開示が加速

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ISSBが自然関連の情報開示基準を策定へ|TNFDとの連携で企業のサステナビリティ開示が加速

世界の金融市場において、企業の価値を測る尺度は劇的な変化を遂げています。財務諸表に表れる数字だけでなく、気候変動や人権、そして今最も注目されている「自然(ネイチャー)」といった非財務情報が、投資判断に直結する時代となりました。

こうした潮流の中、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、自然関連の情報開示に関する新たな国際基準の策定を正式に進めることを発表しました。この動きを強力にバックアップしているのが、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)です。

気候関連の開示(TCFD)が義務化の波を迎えたように、今後は「自然資本・生物多様性」に関する報告が、企業の生存戦略において不可避な要素となります。本記事では、ISSBの新基準策定の背景から、TNFDとの連携の要諦、企業が直面する報告義務やリスク評価のポイントまで、サステナビリティ開示の最前線を徹底解説します。


INDEX

ISSBとは何か・どのような役割を持つのか

サステナビリティ開示の「グローバル・ベースライン(共通基準)」を構築するために誕生したのがISSBです。

IFRA財団による統合的なサステナビリティ開示基準の統括機関

ISSB(International Sustainability Standards Board)は、会計基準の国際標準であるIFRS(国際財務報告基準)を策定するIFRS財団の下に、2021年のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)で設立されました。その使命は、投資家が必要とするサステナビリティ情報を、一貫性・比較可能性のある形で提供するための世界共通基準を作ることです。

IFRS S1 / S2 をベースにグローバル開示の統一を推進

ISSBはすでに、サステナビリティ開示の基本原則を定めた「IFRS S1」と、気候関連に特化した「IFRS S2」を公表しています。

  • IFRS S1: 企業が直面する全ての重要なサステナビリティ関連のリスクと機会の開示を求める。
  • IFRS S2: TCFDの提言を取り込み、温室効果ガス排出量(Scope1, 2, 3)などの詳細な気候関連情報を求める。 今回の自然関連基準は、これらに続く「第3の柱」としての位置づけが期待されています。

既存のESG/サステナ基準の混乱を解消する目的

これまで、世界にはGRI、SASB、CDPといった多数の開示フレームワークが乱立し、企業にとっては「どの基準で報告すればよいのか」、投資家にとっては「異なる基準のデータをどう比較すればよいのか」という混乱が生じていました(いわゆる「アルファベット・スープ」状態)。ISSBはこれらの既存基準を統合し、単一の国際標準へと集約する役割を担っています。


ISSBが自然関連の情報開示基準を策定する背景

なぜ、気候変動の次に「自然」が選ばれたのでしょうか。それは、気候と自然が不可分であり、かつ経済活動へのインパクトが極めて大きいからです。

生物多様性の損失と自然資本の毀損が企業価値に直結

世界経済の付加価値の半分以上(約44兆ドル)が、自然の恩恵(生態系サービス)に中程度、あるいは高度に依存しているとされています。森林の消失、水不足、土壌の劣化、受粉を担う昆虫の減少などは、原材料調達の停止やコスト高騰を招き、企業の事業継続性を根底から揺るがします。

投資家・金融機関の自然関連リスク評価ニーズの拡大

投資家は、企業が自然に対してどれほど「依存」し、かつ「インパクト(影響)」を与えているかを正確に把握したいと考えています。自然破壊によるレピュテーション(評判)リスクや、生物多様性保全に関わる法的規制のリスクを定量的に評価するためのデータが、現在は決定的に不足しています。

EU CSRD、米SEC規制、TNFDの普及による国際的圧力

欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)では、すでに生物多様性に関する厳しい開示が求められ始めています。また、民間主導のTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が2023年に最終提言を公表し、1,000社以上の企業が採用を表明するなど、実務的なデファクトスタンダードが形成されました。ISSBはこれらの動きを受け、法的な裏付けを持つ国際会計基準としての整備を急ぐ必要がありました。


TNFDとの連携ポイント

ISSBはゼロから基準を作るのではなく、先行して普及しているTNFDの成果を最大限に活用します。

TNFDのLEAPアプローチ(Locate–Evaluate–Assess–Prepare)

TNFDが提供する最大の実務的武器が「LEAPアプローチ」です。

  1. Locate(発見): 自社のバリューチェーンがどこで自然と接点を持っているか。
  2. Evaluate(診断): その接点において、自然への依存度と影響度はどの程度か。
  3. Assess(評価): それらがどのような財務的リスク・機会をもたらすか。
  4. Prepare(準備): どのように報告し、対策を講じるか。 ISSBは、このLEAPプロセスで得られた情報を、財務報告に接続する際の「情報の質」の担保に用いると考えられています。

ISSB基準にTNFDの自然関連開示フレームワークを統合

ISSBは「TNFDの提言を全面的に歓迎し、整合性を保つ」と明言しています。これにより、すでにTNFDに基づいて準備を始めている企業は、その努力をそのままISSB基準への対応に転用することが可能になります。具体的には、TNFDが定めた「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱が、ISSB基準の骨格となる見込みです。

“TCFD × 気候” に相当する “TNFD × 自然” の標準モデル

気候変動における「TCFDの提言がISSBのS2基準になった」という成功体験が、自然関連においても再現されます。TNFDが実務的な「やり方(ガイダンス)」を提供し、ISSBが投資家向けの「報告ルール(基準)」を定めるという、官民・国際組織間の強力なタッグが、サステナビリティ開示の標準モデルを形成します。


新しい自然関連開示基準の対象範囲

自然関連の開示は、気候変動(GHG排出量)よりもはるかに複雑で多岐にわたります。

生態系サービスと自然資本

自然を「資本(アセット)」と捉え、そこから得られる恩恵(生態系サービス)を評価対象とします。

  • 供給サービス: 原材料、水、食料。
  • 調節サービス: 気候の調整、水の浄化、病害虫の制御。
  • 文化的サービス: 景観、レクリエーション。

土地利用・水使用・生物多様性

ISSBが特に注目するとされるのが、以下の3領域です。

  • 土地利用: 森林破壊を伴う開発や、土地の劣化。
  • 水資源: 水ストレスの高い地域での取水と排水の質。
  • 汚染と外来種: 化学物質による汚染や、生態系バランスの破壊。

上流・下流のバリューチェーンを含むインパクト

自社の工場内だけでなく、サプライヤー(上流)や製品の廃棄・リサイクル(下流)までが範囲に含まれます。例えば、原材料であるパーム油の産地でどのような森林伐採が起きているか、といった情報の追跡が求められます。


企業に求められる開示内容

具体的にどのような情報を整理しておく必要があるのでしょうか。

自然に関するリスクと機会

自然の変化が事業にもたらすリスクを以下の3つに分類して特定します。

  • 物理的リスク: 干ばつによる農産物の不作や、沿岸部の洪水。
  • 移行リスク: 規制強化(プラスチック禁止、森林保護法など)や、市場の嗜好変化。
  • システムリスク: 生態系そのものの崩壊によるマクロ経済の混乱。

影響の定量評価(依存度/影響度)

「どれだけ自然に頼っているか(依存)」と「どれだけ自然を壊しているか(影響)」を可能な限り数値化します。

  • 指標例: 土地利用面積(ヘクタール)、水利用量(立方メートル)、絶滅危惧種の生息域への影響など。

ガバナンス体制、戦略、指標・目標

  • ガバナンス: 取締役会が自然関連リスクをどのように監督しているか。
  • 戦略: 短・中・長期の戦略に自然関連の課題をどう組み込んでいるか。
  • 目標: 「2030年までに森林破壊ゼロ」「2040年までにネイチャー・ポジティブ(自然再興)」といった野心的な目標と進捗状況。

重要性(Materiality)の判断基準

ISSBは「財務的マテリアリティ(自然の問題がいかに投資リターンに影響するか)」を重視しますが、自然資本へのインパクトが開示対象となることで、実質的に「ダブル・マテリアリティ(環境への影響そのものも重視する考え方)」に近い対応が求められるようになります。


ISSB基準導入による企業へのメリット

基準対応は負担ばかりではありません。早期の対応はビジネス上の大きなアドバンテージとなります。

投資家との信頼性向上と資金調達の有利化

国際基準に則った透明性の高い開示は、機関投資家からの評価を劇的に高めます。近年急速に拡大している「サステナビリティ・リンク・ローン」や「ブルーボンド(水資源・海洋保全のための債券)」など、好条件の資金調達機会にアクセスしやすくなります。

ESG評価の一貫性確保と比較可能性の向上

バラバラだった評価指標が統一されることで、真に取り組んでいる企業が正当に評価されるようになります。不透明な評価による「不当な低スコア」を回避し、業界内での競争優位性を明確に示せます。

森林・水・生態系の保全投資を戦略化できる

これまで「環境保護」というコストとして処理されていた活動が、「自然資本のリスク管理」という戦略的投資として位置づけられるようになります。将来的な原材料価格の高騰を抑えるための先行投資として、合理的な説明がつくようになります。


企業が今から取るべき対応ステップ

基準が確定するのを待つのではなく、今から準備を始めるべきです。

バリューチェーンの自然依存度の可視化

まずは自社のビジネスを「解剖」します。どの製品が、どこの地域の、どの自然資源に支えられているのかをマッピングします。これには、調達部門や物流部門との緊密な連携が必要です。

TNFD LEAPに基づく影響評価の実施

前述のLEAPアプローチを試行します。全ての事業所で行うのは難しいため、まずは「水リスクの高い地域」や「森林資源を多用する事業部」など、優先順位(スクリーニング)を決めて着手することが現実的です。

ISSB(S1/S2)基準との統合レポーティング

自然関連基準は、気候変動開示(S2)や基本開示(S1)と切り離して考えるべきではありません。統合報告書の中で、気候と自然がいかに相互に関連し、企業の財務健全性を支えているかというストーリーを構築します。

サプライヤー・金融機関との連携体制確立

一次サプライヤーだけでなく、その先の二次・三次サプライヤー(産地)の情報を得るための協力体制を作ります。また、メインバンクなどの金融機関と対話し、どのような情報が求められているかを事前にリサーチします。


日本企業にとっての導入課題と解決策

日本企業には特有の障壁もありますが、解決の道筋も見えています。

データ取得の難しさ(生産地・自然資本の追跡)

多くの日本企業が「産地が複雑すぎて特定できない」という課題に突き当たります。

  • 解決策: 衛星データやAIを活用したトレーサビリティ(追跡可能性)ツールの導入。また、業界団体を通じた共同のデータプラットフォームの構築が有効です。

既存CSR報告との整合性不足

従来の「社会貢献活動としての植樹」などのデータと、投資家が求める「財務的リスク管理としての自然保全」のデータには大きな隔たりがあります。

  • 解決策: 報告書の「物語(ナラティブ)」を、社会貢献から「リスクと機会」のマネジメントへとアップデートします。

専門人材不足 → 外部アドバイザリーの活用

生物多様性の評価には、エコロジストや環境工学の高度な知識が必要です。

  • 解決策: 専門のコンサルティング会社や大学・研究機関とパートナーシップを組みます。同時に、社内に「ネイチャー担当」を置き、全社横断的なプロジェクトチームを組成します。

ISSBによる自然関連基準策定がもたらす将来展望

この動きは一過性のブームではなく、経済のOSを書き換えるものです。

EU・アジア市場での開示義務化へ波及

ISSBが基準を定めれば、多くの国が自国内の規制に取り込みます。日本でも金融庁がISSB基準と整合した国内基準(SSBJ基準)の策定を進めており、上場企業への義務化は時間の問題と言えます。

グローバル投資の基準統一

世界中の投資家が同じ物差しで企業を測るようになります。日本企業は、高い技術力やきめ細やかな管理能力を「自然資本管理」という形で証明できれば、グローバルな資本を呼び込む強力な武器になります。

自然資本の定量化による価格形成(自然価値の算定)

将来的には、炭素価格(カーボンプライシング)と同じように、生物多様性の損失にも「価格」がつく時代が来ます。「自然を壊すとコストがかかり、再生させると収益が出る」という新しい資本主義の形が見え始めています。


まとめ:自然資本のレジリエンスを踏まえたネイチャー・ポジティブへの移行が不可欠です

ISSBによる自然関連開示基準の策定は、ESG開示が「炭素」という単一の焦点から、地球システム全体の「健全性」というより広いステージへと移行したことを意味しています。

もはや自然は、単に保護すべき美しい風景ではなく、企業の事業継続を支える「最も重要な資本」の一つです。TNFDが提供するLEAPアプローチなどの実務的なフレームワークを活用し、自社の自然への依存度と影響を早期に特定することは、将来的な規制リスクを回避するだけでなく、新たなビジネスチャンスを創出するための投資となります。

企業は、短期的な利益だけでなく、「自然資本のレジリエンスを踏まえたネイチャー・ポジティブへの移行」を経営戦略の核に据える必要があります。今からデータの整備とリスク評価に着手し、自然と共生するビジネスモデルへと変革することが、持続可能な未来における真の勝者への条件となるでしょう。


参考文献

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