■はじめに:企業経営におけるESG・サステナビリティ情報

近年、企業価値経営において、ESGやサステナビリティといった非財務情報が重要な評価軸であることは、すでに多くの経営者や実務家の間で共通認識となっている。企業価値の源泉が有形資産だけではなく無形資産を含んだものへとシフトし、非財務情報が企業の持続的な価値創造力やリスク耐性を測る上で不可欠であること自体は、もはや新しい論点ではない。

一方で、財務情報を主として開示してきた伝統的なバランスシートにおいて、非財務情報・無形資産のほとんどが表示されず、オフバランスとなっていることが分かりにくさの前提にある。実務の現場に目を向けると、「非財務情報が重要であること」と「それをどのように分析し、意思決定に活かすか」の間には、依然として大きな隔たりが存在している。開示されるESG情報の量は年々増加し、統合報告書やサステナビリティレポートの内容も高度化しているが、それらを横断的かつ構造的に読み解き、企業価値との関係性を整理することは容易ではない。

投資家の視点においても状況は同様である。中長期の投資家は、環境・社会・ガバナンスを巡るリスクや機会が、将来の財務パフォーマンスにどのように影響しうるのかに強い関心を寄せている。しかし、ESG情報は必ずしも財務情報のように標準化・比較可能な形で提示されているわけではなく、分析者側に高度な解釈力が求められる領域となっている。

このように、ESG・非財務情報は「見るべきもの」から「読み解き、使いこなすべきもの」へとフェーズが移行していると言える。その中で問われているのは、情報開示の姿勢そのものではなく、膨大で複雑な非財務情報をいかに効率的かつ論理的に整理し、企業価値の議論へと接続していくかという実践的な課題である。

本稿では、この課題意識を前提とした上で、ESG評価のフレームワークを整理するとともに、AIを活用した非財務情報分析の可能性について考察していく。

■ESG評価のフレームワーク

ESG・非財務情報と言ってもその位置付けはさまざまである。このため、ESGに関する取り組みや情報を評価するにあたっては以下の点を意識する必要がある。

1.ステークホルダー

ターゲットとするステークホルダーが誰か、という点である。この観点からしばしば論じられるのは、マルチステークホルダーに向けられた情報なのか、それとも投資家に向けられた情報なのかという点である。企業のステークホルダーといっても、顧客、取引先、従業員、投資家、あるいは地域社会、NGO、NPOによって必要となる情報は異なる。そのため、マルチステークホルダーそれぞれに均等の配慮をするのか、それともそれらの間で強弱をつけながら開示を行うのかといった判断を迫られる。1つの開示媒体で発信するのではなく、各ステークホルダーのニーズに合わせて開示媒体を使い分けることも必要となる。

一方で、投資家を意識するのであれば、ESG情報と現在および将来の財務パフォーマンスとの関連がより重要になってくる。開示されるESG情報がいかなるステークホルダーを意識したものかを検討することで、より効果的に情報を発信することが可能になる。

2.マテリアリティ

ESGを語る際に、「マテリアリティ」という用語は頻繁に使われ、重要性や優先度を表す。一言でESG情報と言っても、企業の属する産業特性や展開する地域に応じて、重要となるトピックは異なってくる。また、ESG情報を評価し、それに基づき意思決定を行うステークホルダーの立場によっても、重要なトピックは異なってくる。

「マテリアリティ」には3つの概念がある。第一は財務情報で報告されているもの、資産除去債務や環境債務などはすでに財務諸表に織り込まれている。第二は、サステナビリティを測る非財務トピックのうち企業価値創造にとって重要なもの(マテリアルな項目)である。第三は、当該企業が社会や環境などマルチステークホルダーに重要なインパクトを与える非財務トピックである。

第二のマテリアリティはSASBが焦点を当てているもので、利用者の主たる目的が経済的意思決定を改善しようという利用者を想定している。第三のマテリアリティはGRIが焦点を当てているもので、利用者の目的が当該企業による社会の持続的な発展に対するポジティブ、またはネガティブな影響を理解しようとする様々な利用者を想定している。

近年、第二・第三のマテリアリティは「ダブル・マテリアリティ」と称されている。ただ、状況の変化や科学的知見によって、第二のマテリアリティが第一のそれに転換したり、第三のマテリアリティが第二のマテリアリティに移行することもありうる。こうしたマテリアリティ間の動態に着目した視点は「ダイナミック・マテリアリティ」と呼ばれる。

3.ESGのカテゴリー範囲

従前の通り、ESGのカバーする範囲はかなり広い。企業が情報開示する際にも、あるいはESG評価機関や投資家が評価する際にも、E(環境)、S(社会)G(ガバナンス)の3つが独立したカテゴリーで開示ないしは、評価が行われる。各カテゴリーが内包する要素も多様である。

E(環境)には主として温室効果ガス、廃棄物、水資源、生物多様性などが含まれる。

S(社会)には製品・サービスの安全性、社員の健康・安全・働き方、サプライチェーンなどの取引先から購入する製品・サービスの健康・安全性や取引先で働く社員の人権、地域コミュニティとの関係性が含まれる。

G(ガバナンス)は取締役会や報酬システム、株式所有比率、会計不正や情報セキュリティ、企業倫理、汚職や租税回避などが取り上げられることが多い。

その上で、E・S・Gそれぞれのカテゴリーに加えて、人的資源やリーダーシップなどを組み込む。

このため、読み手であるESG評価機関や投資家は、相対的にどのカテゴリーやトピックに重点を置くのか判断を迫られる。

4.KPI測定

ESG主要項目は、業界ごとにそれほど大きく異なるわけではないが、その取り組みが各社でどれほど進んでいるかを測定するKPIは企業が展開する産業や事業や地域に応じて異なってくる。温室効果ガスや水資源などの企業が環境負荷に与える影響を測定する取り組みはかなり進展してきている。その一方、S(社会)のカテゴリーについては、全般的に十分にその評価の枠組みが整備されていない。

G(ガバナンス)のカテゴリーについてはチェックリスト的な評価にとどまっているケースが多く、経営戦略やビジネスモデルと整合しているか、企業価値創造にどれほど貢献しているのかが十分に検討されていないケースも散見される。

また、KPIの測定と言っても、それが(a)インプット、(b)アウトプット、(c)アウトカムのどれに関わるかでその評価方法は異なる。インプットは資源配分やプロジェクトの設置の有無など企業の取り組みに係る指標、アウトプットはその結果として生み出された製品・サービスの成果やそれを支える知識、技術、情報や顧客、従業員、取引先や地域社会からの評価に係る指標、アウトカムは企業価値に直接結びつく最終的な成果と位置付けておく。

投資家にとっては、アウトカム指標が企業価値と関連付けやすく、KPIとしては最も理解しやすい。アウトプットを企業間で比較するためには、共通の評価軸を設定する必要があるが、現実は比較可能な形で開示されていないことが多い。また、その詳細までは確認することが難しく、その評価は分析者の主観に依存せざるを得ない側面もある。

インプットは相対的に定量化しやすく、比較可能性が高い情報ではあるが、企業価値に結びつくかどうかの角度が低く、利用者は過去の実績やその背後にあるストーリーに照らして価値創造シナリオを裏付ける必要がある。

5.評価の頻度

会社の情報を、評価者がどのようなデータ源から獲得するかという点が前提にある。サーベイ調査は企業の負担にもなることから、頻度高く情報を更新することは容易ではない。また、公開情報が情報源になる場合は、年に1回企業から更新されるESG情報をベースにしながら、企業からの適時情報の内容によって、評価を変更するといったアプローチがとられる。日々のメディア情報や適時情報をベースにESGトピックに対する各社の評価スコアを測定する場合には、日次で情報が更新されることも可能である。

以下の表には、主要なESG評価機関ごとの特徴を示している。ESG評価機関の多くは、金融市場における機関投資家への情報提供を狙いとしている。

表1.主要なESG評価機関の特徴

MSCIやFTSEなどは、公開情報をベースに産業別マテリアリティにスコアリングをしている点に特徴がある。Sustainalyticsはリスクの定量化に重きが置かれており、Arabesque S-RayやTruvalue Labsは日次ベースでのニュースを積極的に活用し、マテリアリティの変化などにも柔軟に対応したスコアである点に特徴がある。

■AIによる非財務開示情報の読み解き:NotebookLMの活用例

ここまで述べてきた通り、ESG・非財務情報はその重要性が高まる一方で、量が多く、構造が複雑であり、評価や分析には高い専門性と時間を要する。統合報告書、サステナビリティレポート、有価証券報告書、TCFD/TNFDレポート、人的資本開示資料など、企業が発信する情報は年々増加しており、すべてを人手で精緻に読み解くことは現実的ではなくなりつつある。

このような状況において、有効なアプローチの一つが、AIの活用である。AIツールを用いて「開示情報を指定し、意図を持って読み解く」ことが有効であり、その際に有用なのが、NotebookLMのようなドキュメント特化型のAI活用である。

NotebookLMの特徴は、Web全体を漠然と検索させるのではなく、分析対象となる一次情報(企業の開示資料)を明示的に指定し、その範囲内で思考・要約・比較を行わせる点にある。これは、ESG分析において極めて重要な前提条件と整合的である。すなわち、「どの情報を根拠に、どのような判断を行ったのか」というトレーサビリティを担保しやすい。

実務上の活用方法はシンプルである。まず、分析対象とする企業の統合報告書、サステナビリティレポート、関連する開示資料をNotebookLMに読み込ませる。次に、以下のように問いを明確に指定する。

  • 当社の開示において、投資家向けに特に強調されているESGテーマは何か
  • マテリアリティとして掲げられている項目と、実際に設定されているKPIの間に一貫性はあるか
  • 環境・社会リスクについて、将来の財務影響と結びつけた説明がどこまでなされているか

ガバナンスに関する開示は、形式的な説明にとどまっていないか

このように問いを与えることで、NotebookLMは指定された開示情報の中から該当箇所を抽出し、論点を整理した形で提示する。重要なのは、AIに「評価」そのものを委ねるのではなく、人間が意思決定するための論点整理・構造化を補助させる点である。

また、複数年度の開示資料を読み込ませることで、マテリアリティやKPIの変遷、記述トーンの変化などを俯瞰的に捉えることも可能になる。これは、前述した「ダイナミック・マテリアリティ」を把握する上でも有効であり、表層的なスコアリングでは見えにくい企業の変化を捉える助けとなる。

非財務情報の分析においてAIは万能ではない。しかし、情報量が爆発的に増加する現代において、「何を読まなくてはならないのか」「どこに論点があるのか」を素早く掴むための知的補助線として、NotebookLMのようなツールを活用する意義は大きい。

AIを前提とした情報収集・分析プロセスを設計できるかどうかが、今後の企業価値分析の質を左右すると言っても過言ではないだろう。

■おわりに:非財務情報を「読める力」が企業価値を分ける

本稿では、企業価値経営の観点から、ESG・非財務情報が果たす役割と、その評価・分析における構造的な難しさを整理してきた。企業価値の源泉が無形資産へとシフトする中で、非財務情報はもはや補足的な情報ではなく、企業の持続的な価値創造力やレジリエンスを測るための中核的な情報となっている。

一方で、ESG情報は多様であり、ステークホルダーの立場やマテリアリティの捉え方によって、その意味合いは大きく変わる。KPIの設定や評価頻度、インプット・アウトプット・アウトカムの区別といった論点を理解せずに、表層的なスコアやチェックリストに依存することは、企業の実態を見誤るリスクをはらんでいる。

こうした複雑性の高い領域において重要になるのは、単に情報量を増やすことではなく、どの情報を、どの文脈で、どのように読み解くかという「情報解釈の力」である。その意味で、NotebookLMのようなAIツールは、分析者の思考を代替する存在ではなく、思考の質を高めるための補助線として位置付けるべきだろう。もっとも、本稿で示したのはあくまで考え方とアプローチの全体像である。実務において真に問われるのは、実際の企業開示を前にしたとき、どのような問いを立て、どのような視点で読み解けば、企業価値との接続が見えてくるのかという点だろう。

後編では、具体的な企業の取り組みや実際に開示されている非財務情報を題材に、

  • どのような問いを設定しているか
  • AIを用いた分析によって、どのような論点や気づきが浮かび上がるのか
  • その結果を、経営判断や投資判断にどうつなげていけるのか

といった点を、より実践的な視点から掘り下げていく。非財務情報を「理解している」段階から、「使いこなす」段階へ進むための具体的なヒントを提示したい。

EXPERT

渡瀬 丈弘

渡瀬 丈弘

AI PRODUCT EXPERT

上級執行役員 CPO

電通総研、リクルートにて、コンサルティング、システム開発、新規事業開発に従事。業務支援プロダクトの事業責任者や、旅行事業のプロダクト組織長を歴任。 2021年にアスエネ株式会社に参画。2022年2月よりCPO(Chief Product Officer)に就任し、開発・企画全般を統括。2025年にはAnyflow株式会社の社外取締役に就任。また、東京大学にて大学院工学系研究科 研究員として「財務データと非財務データ分析」の研究に従事する。 実績として、世界三大デザイン賞「iF Design Award」や「Asia Design Prize」を受賞。2024年にはCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)の環境省イベントに登壇。Forbes GX STREAMへの掲載、ProductZineでの連載寄稿・登壇、NHK「おはよう日本」への出演など、メディアを通じた発信も多数。