2026年3月にSSBJ基準の概要が固まり、企業のサステナビリティ開示はいよいよ実務段階に入りつつある。しかし現場では、データ収集、第三者保証、海外拠点対応、社内体制づくりなど、基準を読むだけでは解けない悩みが山積みになっている。 

アスエネが開催したラウンドテーブル「ASUENE Sustainability Roundtable ―SSBJ対応の課題を共有し、企業の垣根を越えてつながる場―」には、こうした悩みを抱える企業のサステナビリティ担当者が集まった。本稿では、講演とディスカッションで交わされた生の声から、SSBJ対応の現場でいま何が起きているのかをお伝えする。

◼️登壇者プロフィール
兵田 聡(ひょうだ さとし) 様
KDDI株式会社
地域共創・SX推進本部 サステナビリティ企画部 環境グループ(グループリーダー)
ミッション:KDDIグループの環境全般|脱炭素社会・循環型社会・生物多様性における方針策定・推進、事業機会、グループ調整・支援、開示対応(SSBJの気候含む)、外部評価、法対応

◼️登壇者プロフィール
村山 邦雄(むらやま くにお) 様
日立建機株式会社
サステナビリティ本部サステナビリティ推進部ESG推進グループ
ミッション:企業としてのサステナビリティ全般を推進し、環境価値・社会価値の向上を通じて企業価値向上をめざすと同時に全社的リスクのマネジメントを推進し、ガバナンス面でも企業価値維持向上に努める。

先行企業も、悩みながら進んでいる

まず共有されたのは、SSBJ対応をめぐる最新の実務動向だ。

アスエネヴェリタス取締役CCOの小池心平氏は、制度対応がいよいよ実務フェーズに入りつつあるなかで、企業が直面している論点を解説した。なかでも企業から関心が集まったのが、第三者保証への対応だ。有価証券報告書で求められる「制度保証」と、それ以外の「任意保証」を明確に切り分ける方針が示される一方、保証機関によって「プロセス重視」か「記録重視」かのスタンスにはばらつきがある。企業側にどこまで内部統制の整備が求められるのか、Scope3開示の萎縮を防ぐためのセーフハーバー・ルールがどう設計されるのかなど、現場が判断に迷う論点はなお残っている。

こうした実務上の不確実性に向き合いながら、先行して対応を進める企業の一つがKDDIだ。グループ会社180社以上、時価総額11兆円を抱える企業として、SSBJの第一期適用対象に位置づけられている。環境分野の中期方針は、従来重視してきた自社の排出量削減に加え、自社サービスを通じて顧客や社会の脱炭素に貢献することへと広がりつつある。具体的な目標として、Scope1・2は2030年度にカーボンニュートラルを掲げ、Scope3を含めた目標は2040年度末に置く。電力需要が増え続けるデータセンターについては、2025年度(2026年3月期)に再エネ100%という目標をすでに達成し、全世界での切り替えを完了している。

地域共創・SX推進本部 サステナビリティ企画部 環境グループの兵田聡氏はこの目標を支える実務について話した。Scope1・2については、全国の拠点が毎月の請求書データを、本社が運用するシステムに直接入力する体制を採る。電気通信設備の契約が全国の基地局に点在するKDDIでは、その数は月あたり数万枚に及ぶという。

Scope3は15のカテゴリーに及び、本社が会計データを一括抽出し、アスエネのシステムに投入する方式を取る。傘下に金融ホールディングスを持つため、カテゴリー15(投融資)の算定も必要になる。それでも埋まらない部分はグループ会社の協力でデータを補っている。

重視するのは「大きく外さないこと」だ。全カテゴリーを等しく精緻に追うのではなく、排出量の大きいカテゴリーに集中させる判断は、「Scope3・ネットゼロという長期取り組みにとって何にまず取り組むべきか」の観点でも重要になる。

保証対応に入って変わったのは、エビデンスの管理と月次入力の徹底だ。グループ会社や協力会社を多く抱えるKDDIにとって、承認プロセスの整備は現場への追加負担と直結する。有報の提出期限に向けて、データ集計を従来の一年がかりから約2カ月に圧縮する必要があることも負荷を増やしている。それでも兵田氏は「保証機関との対話を早い段階から重ね、自社のやり方でよいかを確認していくことが大事」と強調する。

一方、これから体制整備を進める企業にも、別の悩みがある。日立建機 サステナビリティ本部 サステナビリティ推進部 ESG推進グループ 部長代理の村山邦雄氏は、自社の対応状況を「1合目、2合目の段階」と表現した。同社では、11名のサステナビリティ推進本部でSSBJに加え、CSRDへの対応も並行して進めている。少人数で複数の開示対応を進めるなか、システムとコンサルティングを一体で提供できるアスエネとの連携を選んだという。

参加者の関心は「実務の細部」に集中

事例共有の後に設けられた質疑応答のセッションでは、「明日の業務に直接関係する問い」が相次いだ。

特に注目を集めたのが、データ収集における「証憑の残し方」と「承認プロセスの標準化」についてだ。来場者からの「伝票データをどのようにシステムに残し、業務標準化を進めているのか」という問いに対し、KDDIの兵田氏は次のように現場のリアルを明かした。

通信基地局の電気契約は全国に膨大な数があり、請求書のフォーマットもバラバラであるため、PDFをシステムに格納した上で、どうしても現場で手入力をせざるを得ないのが現状だ。そのうえで、「各拠点についてはマニュアル化を進めていますが、それ以上に重要なのは承認プロセス。メールでの確認記録で済ませるのか、あるいは承認のためのシステムを構築するべきか。こうした承認のプロセスをしっかり残していくことが、保証対応におけるメインになると考えています」と語った。

また、別の参加者からは、これまでの環境情報の開示とSSBJの保証対応において、難易度が上がったかという質問も投げかけられた。これに対し兵田氏は、開示される最終的な中身や数値自体は大きく変わらなくとも、「なぜこの指標で良いのか」「なぜこの数字が正しいと言えるのか」という根拠や検討プロセスを保証機関から問われるようになり、その監査に耐えうる社内プロセスを構築する労力が重くなったと明かした。

この質疑応答が示すのは、SSBJ対応の本質が、高機能なシステムの導入や整った開示レポートの作成だけにはないということだ。全国の拠点や外部の協力会社までを巻き込み、監査に耐えうる現場の運用ルールをどう設計し、マニュアル化や承認フローに落とし込んでいくか。そうした実務の細部を徹底することが、SSBJ対応を着実に進める上で欠かせないプロセスになっている。

ラウンドテーブルで語られた「うちの悩み」

ラウンドテーブルでは、参加者がテーマごとに分かれて議論した。テーマは大きく5つに分かれていたが、ここでは特に「社内体制構築・ガバナンスとリスク管理体制」と「多拠点・連結グループのデータ収集」という2つのテーブルでの議論を取り上げる。

まず共通して挙がったのが、海外拠点や多拠点からのデータ収集の難しさだ。「日本だと手順を伝えれば動いてもらえる。しかし、最近M&Aした海外の会社だとそうはいきません」(物流企業の担当者)。CO2排出量だけでなく人的資本やガバナンスの情報になると、現地の法律やポリシーが統一されていないため、収集の難易度はさらに上がる。ある食品メーカーも、自社で設立した海外拠点はガバナンスが効く一方、M&Aでグループ入りした拠点は独自性が強く、人的資本戦略をグローバル共通にするか各国独立にするか判断がつかないと打ち明けた。

Scope3をめぐる算定方法の難しさも論点になった。特にカテゴリー1の算定では、会計データから抽出すれば網羅性は高まるが、為替変動や物価上昇の影響を受けて数値が揺れ、排出削減の努力が反映されにくい。「カテゴリー1の購買データを会計システムから落とすと金額ベースになる。でも重量で算定したい」という声がある一方、重量ベースを採用しようにも拠点ごとに管理単位が異なり、データの統一に手間がかかる。

海外拠点では、排出係数の選定自体が壁になる。現場の担当者が「排出係数」という言葉を初めて聞くケースもあれば、電力をブローカー経由で調達している拠点では、どの電力会社の係数を使えばよいか特定できないこともある。市場平均値を使うか、地域別の実態に基づく値を使うかという整理も、各社が抱える悩みだ。労働安全など、これまで集めてこなかったデータを新たに収集する必要も生じており、各国での定義の違いをどう揃えるかが課題として挙がった。

保証対応に向けては、証憑・承認・内部統制の整備が共通の悩みだった。先行して取り組む企業からは、コンサルティング会社を入れて保証取得できる水準の収集プロセスや内規を整備し、各拠点の役割と責任を定義したうえで、操作マニュアルを英訳し解説動画まで作成して海外拠点に配布したという事例が紹介された。それでも拠点によっては作業の優先度が低く、徹底には限界があるという。

証憑の管理も難所だ。米国では手書きのレシートが当たり前だったり、電力の請求書が2カ月遅れで届いたりと、海外拠点の実情が想定外の壁になる。ある企業は「保証取得の期限1日前にようやく証憑が揃った」と振り返った。ぎりぎりの対応も、先行企業の間であっても珍しくないようだ。

正解がないなかで…「悩みは似ている」

懇親会では、参加者に参加した動機を率直に尋ねたところ、多かったのは「他社の課題を知りたかった」という声だった。「(国連)グローバル・コンパクトのような大規模なイベントだと人数が多すぎて、本音の話が聞けない。こういう規模の場こそ必要だった」という声が印象的だった。

「全てが解決したわけではないが、問題解決への糸口をつかめた」「自社より進んでいる会社の事例を聞けた」というコメントのなかで、最も場の空気を表していたのはこの言葉だ。

「大きな気づきは、みんな悩んでいるということ。そして、悩みの内容が意外と似通っていることですね」

SSBJ対応の実務には、まだ明確な正解がない。保証基準の詳細は議論の途中にあり、監査法人によって解釈も異なる。何をどこまでやればよいかの判断を、各社が手探りで行っている。だからこそ、同じ立場の担当者同士が悩みを持ち寄り、手探りで方向を確かめ合う場に価値がある。今この局面で企業の現場が必要としているのは、同じ問いを抱えた「仲間」なのかもしれない。