政策&法規制

GRIが労働関連基準の改定案を公表|変更点・背景・企業への影響をわかりやすく解説

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GRIが労働関連基準の改定案を公表|変更点・背景・企業への影響をわかりやすく解説

GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)が、持続可能性報告の主要なテーマである「労働」に関する基準を大幅に刷新しようとしています。2024年から2025年にかけて段階的に公表されているこの改定案は、単なる項目の追加に留まらず、企業の**「人的資本」に対する姿勢**を根底から問う内容となっています。

特に、グローバルな規制である欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)や、日本でも議論が進むSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準との整合性、そして投資家からの「透明性の高い人権・労働データ」への要請がこの改定を加速させています。

本記事では、GRI労働関連基準の改定案の主な変更点改定の背景、そして日本企業が直面する実務上の影響について、網羅的かつわかりやすく解説します。


INDEX

GRIとは?労働関連基準の位置づけ

まず、GRIの役割と、労働基準がサステナビリティ開示においてどのような位置にあるのかを整理します。

GRIスタンダードの概要と国際的な位置づけ

GRI(Global Reporting Initiative)は、組織が経済、環境、社会に与える「インパクト(影響)」を開示するための国際基準を策定する非営利団体です。GRIスタンダードは世界で最も広く採用されているサステナビリティ報告の枠組みであり、日本の上場企業の多くも、サステナビリティレポートや統合報告書の作成においてGRIを参照しています。

労働関連基準(Labor-related Standards)の役割

GRIにおける「労働関連基準」は、企業の活動が「働く人々」にどのような影響を与えているかを可視化する役割を担います。 これまでは「GRI 401:雇用」「GRI 402:労使関係」「GRI 403:労働安全衛生」といった個別の項目に分かれていましたが、今回の改定により、これらがより包括的かつ現代的な「労働者の権利」という視点で再定義されようとしています。

ISSB・CSRD・SSBJなど他基準との関係性

現在、開示基準の「国際統一」が進んでいますが、それぞれ重点が異なります。

  • ISSB / SSBJ: 主に「財務影響(企業の価値にどう影響するか)」を重視。
  • EU CSRD(ESRS): 「インパクト」と「財務」の両方を重視(ダブル・マテリアリティ)。
  • GRI: 主に**「社会や環境へのインパクト」**を重視。

今回のGRI改定は、特に欧州のESRS(欧州サステナビリティ報告基準)とのインターオペラビリティ(相互運用性)を確保するように設計されており、グローバル企業にとっては基準間の重複を避けるための重要な指針となります。


今回公表された「労働関連基準 改定案」の概要

GSSB(グローバル・サステナビリティ基準審議会)が進める「労働プロジェクト」は、3つのフェーズに分けて改定案を公開しています。

改定案の公表日と対象基準

直近では、2025年12月10日に、「取引関係における労働者の権利(GRI 414)」「児童労働(GRI 408)」「強制労働(GRI 409)」「結社の自由(GRI 407)」などの重要な人権・労働関連の公開草案が発表されました。これに先立ち、2024年には「雇用実務・条件(報酬、労働時間など)」に関する草案の協議が行われています。

改定の狙い(透明性・比較可能性・実効性の向上)

今回の改定の最大の狙いは、「美辞麗句ではない、実態の開示」です。 単に「人権を尊重しています」という方針を掲げるだけでなく、実際にどのようなリスクを特定し、どのようなデューデリジェンス(注意義務)を行い、問題が起きた際にどう救済したのかという「プロセスと結果」の開示を求めています。

どのような企業・組織が対象になるのか

GRIスタンダードを使用して報告を行うすべての組織が対象です。特に、海外に複雑なサプライチェーンを持つ製造業、アパレル、建設業などは、自社社員だけでなく「バリューチェーン全体の労働者」に対する影響開示が求められるため、非常に大きな影響を受けます。


労働関連基準の主な改定ポイント【要点整理】

具体的にどのような点が変わるのか、企業の担当者が押さえておくべき主要な3つのポイントを解説します。

3-1:労働条件・雇用形態に関する開示強化

これまでの「平均離職率」といったマクロな数字から、より詳細な内訳の開示が求められます。

  • 労働者の定義の拡大: 直接雇用の従業員だけでなく、「自社の指示下で働く派遣社員や業務委託者」、さらには「ビジネス関係(サプライチェーン)にいる労働者」まで、開示のスコープが明確に広がります。
  • 雇用の安定性: 期間の定めのない雇用(正社員)と期間の定めのある雇用の比率、フルタイムとパートタイムの区分など、雇用の「質」に関する透明性が向上します。
  • 生活賃金(Living Wage): 単なる最低賃金ではなく、その地域の標準的な生活を送るために必要な「生活賃金」を支払っているか、その方針と実績についての言及が強化されています。

3-2:労働安全衛生・ウェルビーイングの開示拡充

従来の「労災発生件数」だけでなく、予防とメンタル面への注力が求められます。

  • メンタルヘルス: 物理的なケガだけでなく、ストレスや燃え尽き症候群といった精神的健康(メンタルウェルビーイング)への対応状況が評価軸に加わります。
  • 長時間労働: 労働時間の上限管理や、休息時間の確保が、労働者の権利保護の観点からより厳格に問われます。

3-3:人権・差別・ハラスメントへの対応

「方針があるか」から「機能しているか」へ、評価がシフトします。

  • 差別と機会均等: 男女の賃金格差(ペイギャップ)だけでなく、人種、年齢、障がいの有無などによる多様な格差の是正措置の開示。
  • 救済プロセス(グリーバンス・メカニズム): 労働者が不当な扱いを受けた際に声を上げられる内部通報制度や苦情処理メカニズムが、実際にどれだけ利用され、どう解決されたかという透明性が重視されます。

なぜGRIは労働基準を改定するのか【背景と国際動向】

この改定は孤立した動きではなく、世界のルールが大きく変わっていることの表れです。

国連「ビジネスと人権指導原則」との関係

2011年に採択された国連の指導原則は、企業の「人権尊重の責任」を明確にしました。今回の改定は、この指導原則の内容を、具体的な報告項目(レポート)に落とし込むための作業といえます。

欧州CSRD・CSDDD(人権DD義務化)との連動

欧州では、サステナビリティ報告の義務化(CSRD)に加え、サプライチェーン全体の人権リスク調査を義務付ける「企業サステナビリティ・デュー・デリジェンス指令(CSDDD)」が可決されました。GRIの改定は、企業がこれらの厳しい法規制にワンストップで対応できるように設計されています。

投資家・金融機関からの要請の高まり

ESG投資家は、もはや「環境(E)」だけを見てはいません。「社会(S)」、特に人的資本への投資が不十分な企業は、将来的な不祥事リスクが高いと見なされます。投資家が求める「比較可能なデータ」を提供するために、基準の厳格化が必要となったのです。


日本企業への影響と実務上の注意点

今回の改訂は、日本の「人事・労務」のあり方に大きな影響を及ぼします。

統合報告書・サステナビリティレポートへの影響

これまで「人事データ」として社内だけで管理していた指標の多くが、外部開示の対象となります。特に、日本の「女性管理職比率」や「男性育休取得率」に加え、今後は**「サプライヤーの労働環境に対する実効性のある是正措置」**などの高度な記述が求められるようになります。

サプライチェーン管理の重要性

改定案では、**「自社の敷地外で起きていること」**への責任が強調されています。

  • ティア1(一次取引先)だけでなく、その先のティア2、ティア3で児童労働や強制労働が起きていないか。
  • もし問題があった場合、取引停止だけでなく、どう「改善」を促したか。 こうした記述がないレポートは、今後GRI準拠とは認められにくくなります。

人事・労務・ESG部門の連携が必要になる理由

従来のサステナビリティ開示は「ESG部門(環境・CSR担当)」が主導してきましたが、今回の労働基準への対応には、「人事・労務部門」が持つ詳細な生データと、「調達部門」が持つサプライヤー管理の仕組みが不可欠です。部門を跨いだ「人的資本・人権タスクフォース」の構築が急務です。


ISSB・SSBJ・GRIの労働開示はどう使い分けるべきか

企業の担当者が最も悩むのが、乱立する基準の使い分けです。

GRI(インパクト重視)とISSB(財務影響重視)の違い

  • GRI: 「わが社は社会にどう貢献(あるいは悪影響)を与えたか」をすべてのステークホルダー(従業員、地域社会、顧客など)に報告する。
  • ISSB / SSBJ: 「労働問題や環境問題が、わが社の株価や利益にどう影響するか」を主に投資家に報告する。

日本企業における実務的な併用戦略

現在、ISSB(および日本版のSSBJ)は「気候変動」の基準が先行しており、労働分野の基準(人的資本)は策定の準備段階です。そのため、現時点での人的資本・労働開示においては、GRIをベースに詳細な社会的影響を整理し、その中から特に財務への影響が大きいものをSSBJ基準に沿って開示するという併用が現実的です。

今後の基準統合・整合性の可能性

ISSBとGRIは、お互いの基準の重複を減らし、使い勝手を良くするための覚書を交わしています。将来的には、「一度データを取れば、両方の基準で使える」ようなデジタル・タクソノミー(分類法)の共通化が進む見込みです。


今後のスケジュールと企業が今から準備すべきこと

改定が正式に適用されるまでには、まだ時間の猶予がありますが、準備には年単位の期間が必要です。

意見募集(パブリックコメント)の位置づけ

2025年上半期にかけて、各フェーズの公開草案に対するパブリックコメントが受け付けられます。GRIはこの意見を反映し、基準を磨き上げます。

基準確定・適用までの想定スケジュール

  • 2025年中〜後半: 改定労働基準の順次確定。
  • 2026年以降: 実際の適用開始(ロールアウト)。 ※多くの場合、確定から1年程度の準備期間を経てから義務化、あるいは推奨適用となります。

今から着手すべき社内整備(ギャップ分析・体制構築)

  1. ギャップ分析: 現在の自社のサステナビリティレポートと、GRI改定案を照らし合わせ、「何が足りないか(例:派遣社員のデータ、サプライヤーの賃金状況など)」を特定する。
  2. データ収集フローの構築: 調達部門や海外支店から人権・労働データを定期的に集約するためのITシステムや管理体制を検討する。
  3. トップのコミットメント: 労働問題が「法的リスク」だけでなく「経営戦略」そのものであるという認識を経営層と共有する。

まとめ:人的資本経営とバリューチェーンのレジリエンスを踏まえた労働関連開示が重要です

GRI労働関連基準の改定は、企業に対して「働く人々をどう定義し、どう守っているか」という本質的な問いを投げかけています。

もはや労働関連の開示は、法令遵守のためのコストではなく、優秀な人材を引き付け、グローバルなサプライチェーンにおいて取引を継続し、投資家からの信頼を得るための**「企業価値評価」の最重要要素**となりました。

日本企業にとっての示唆は、以下の通りです。

  • 「人的資本経営」を外部開示の視点で再定義すること。
  • 「自社の正社員」という狭い枠を飛び越え、サプライチェーン全体の労働者の権利に目配りすること。

今後、「人的資本経営とバリューチェーンのレジリエンス(強靭性)を踏まえた労働関連開示」を経営戦略の核に据えることが、持続可能な成長を実現するための鍵となります。GRIの新たな物差しを使いこなし、透明性の高い経営を実践していきましょう。


参考文献・出典

  • GRI (Global Reporting Initiative) 「Labor-related Topic Standards Project」
  • EY Japan 「サステナビリティ情報開示のグローバル動向 2025」
  • 日本公認会計士協会(JICPA)「人的資本に関する情報開示の現状と動向」
  • 国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)レポート
  • ASUENE Media 「人的資本開示・労働基準の最新解説」
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