2025年12月15日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、日本におけるサステナビリティ開示基準の改訂草案を公表しました。今回のアップデートは、国際基準であるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の最新の修正を迅速に取り込み、日本企業のグローバルな比較可能性を維持することを主目的としています。
本記事では、12月15日に更新されたSSBJ基準改訂草案の背景、具体的な変更点、そして今後の有価証券報告書や統合報告書への対応を迫られる企業実務への影響について、専門的な視点からわかりやすく解説します。
INDEX
SSBJ基準とは何か
SSBJ基準は、日本のすべての企業がサステナビリティ情報を開示する際の「共通言語」となることを目指して開発されています。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)の役割
SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)は、公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の下に設置された独立した基準設定主体です。企業の財務情報と非財務情報(サステナビリティ情報)が統合的に開示されるよう、国内のルール作りを担っています。
日本版サステナビリティ開示基準の位置づけ
SSBJ基準は、将来的に有価証券報告書における法定開示の基盤となることが予定されています。これまで任意開示が中心だったサステナビリティ情報に対し、財務諸表と同等の信頼性と比較可能性を持たせることがこの基準の核心です。
ISSB基準との関係性
SSBJ基準は、国際基準であるISSB(IFRS S1・S2)をベースに開発されています。「機能的整合性」を基本方針としており、ISSB基準に準拠した開示を行えば、自動的に国際的な投資家からも評価される仕組みとなっています。
今回のSSBJ基準改訂草案公表の背景
なぜ、確定から間もないこの時期に改訂が行われたのでしょうか。その理由は、グローバルな規制の急速な変化にあります。
なぜ改訂が行われたのか
ISSBが2025年12月11日に、温室効果ガス(GHG)排出量の算定・開示に関する具体的な修正(IFRS S2の修正)を公表しました。SSBJは「国際基準とのタイムラグを最小限にする」というコミットメントに基づき、わずか4日後の12月15日に対応する国内基準の改訂草案を公表しました。
国際基準(ISSB)との整合性確保
今回の改訂の最大の狙いは、ISSB基準との完全な同期です。特に、実務上の負担が大きかったScope 3やファイナンスド・エミッション(投融資先の排出量)に関する最新の「緩和措置」や「明確化」を日本基準にも即座に取り入れる必要がありました。
日本企業の実務課題への対応
初期の草案では「情報量」が重視されていましたが、日本企業からは「実務的に算定が困難なデータがある」との声が上がっていました。今回の改訂では、投資家のニーズを満たしつつも、実行可能性(実務的な難易度)を考慮した修正が加えられています。
SSBJ基準改訂草案(12/15Update)の全体像
今回のアップデートは、ユニバーサル基準およびテーマ別基準の改正案として提示されています。
改訂草案の対象範囲
主に以下の3つの基準が改正の対象となります。
- ユニバーサル基準公開草案第3号: 「サステナビリティ開示基準の適用」に関する改正。
- テーマ別基準公開草案第4号: 「一般開示基準」に関する改正。
- テーマ別基準公開草案第5号: 「気候関連開示基準」に関する改正。
既存基準からの主な変更点
最大の変化は、GHG排出量の開示における細かなルールの精緻化です。特に、算定期間の差異の調整方法や、特定の金融商品(デリバティブ等)の扱い、そして産業分類システム(GICS等)の使用に関する柔軟性が向上しています。
「草案」としての位置づけ
あくまで「公開草案」であり、2026年1月28日までパブリックコメント(意見募集)が実施されます。この期間に寄せられた実務界の意見を反映させ、2026年3月末までに最終確定版が公表される見込みです。
改訂草案の注目ポイント① 開示内容・構成の見直し
情報の整理方法が、より財務情報との親和性を高める方向で整理されました。
サステナビリティ情報の整理方法
「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱を維持しつつ、各項目間で情報が重複しないよう、情報の集約と分解のルールが明確化されました。
財務情報とのつながりの強化
サステナビリティ関連のリスクや機会が、将来のキャッシュフローや資本コストにどのような影響を与えるか、その「財務的影響」のつながりをより明確に説明することが求められるようになります。
利用者視点を意識した開示設計
単に数値を並べるのではなく、投資家が「企業の将来の見通し」を判断するために必要な、文脈(ナラティブ)を伴う情報提供が強化されています。
改訂草案の注目ポイント② 気候関連情報・GHG開示の考え方
改訂の核心部分であるGHG開示について、より具体的な指針が示されました。
気候関連リスク・機会の扱い
レジリエンス(強靭性)評価の頻度について、当初の「毎年」という案から、企業の状況変化に応じた「適切な頻度」へと柔軟化され、実務負担への配慮が見られます。
GHG排出量開示の方向性
日本の温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)との整合性が図られつつも、ISSBが求める「マーケット基準」や「ロケーション基準」の併記に関する考え方が整理されました。
Scope 1・2・3に関する整理
Scope 3の開示については、企業の価値連鎖において「重要なカテゴリ」を特定するプロセスが重視されます。また、算定に使用するデータの「質」の開示についても、段階的な高度化が想定されています。
改訂草案の注目ポイント③ 日本企業への実務配慮
「日本独自の事情」を考慮した選択肢が、いくつか追加・整理されています。
実務負担軽減を意識した考え方
特に中小規模の連結子会社を持つ企業に対し、すべての拠点からリアルタイムでデータを収集することの難しさを認め、「過大なコストや努力」を要する場合の簡便法や免除規定が明確化されました。
既存開示との重複回避
すでにTCFD提言に基づいた開示を行っている企業が、スムーズにSSBJ基準へ移行できるよう、用語の定義や参照すべきガイダンスの整合性が図られています。
段階的対応を想定した設計
一部の高度な情報(シナリオ分析の定量的影響など)については、適用初年度からの義務化を避け、段階的に開示を深めていくことが許容される方針が継続されています。
ISSB基準との違い・共通点
グローバル基準と日本基準の「すみ分け」を理解することは、海外投資家への説明において重要です。
IFRS S1・S2との整合性
今回の改訂により、SSBJ基準はIFRS S1・S2と「機能的に整合」したものとなります。つまり、日本基準で作成された報告書は、実質的に国際基準を満たしているとみなされます。
日本独自要素の有無
SSBJ基準には、日本国内の法制度(温対法等)に準拠したデータを使用できる「選択肢」が残されています。これはISSB基準にはない「日本専用の出口」ですが、その選択肢を選んだ場合も国際的な整合性が保たれるよう設計されています。
グローバル開示とのすみ分け
海外拠点が多い企業は、現地の規制(例:欧州のCSRD)とSSBJ基準の両方に対応する必要があります。今回の改訂では、他国の基準との相互承認やデータ連携を容易にするための工夫も盛り込まれています。
企業実務への影響と対応の方向性
基準が変わることで、社内の体制もアップデートが求められます。
経理・サステナビリティ部門への影響
サステナビリティ開示が財務報告の一部となるため、経理部門とサステナビリティ部門の密接な連携が不可欠です。数値の正確性を担保するための「内部統制」の構築が、今後の最大の論点となります。
IR・統合報告書への波及
統合報告書におけるストーリーテリングと、有価証券報告書における正確な数値開示をどう両立させるか。IR戦略そのものの再定義が必要です。
今から準備すべきポイント
- データ収集基盤のデジタル化: Excel管理の限界を認め、Scope 1-3を自動集計できるITシステムの導入を検討する。
- 算定ロジックの文書化: 監査(保証)に耐えうるよう、なぜその係数や範囲を選んだのかの根拠を整理しておく。
- 人的資本・多様性への視野拡大: 今回は気候が中心ですが、次は人的資本の基準化が控えています。
今後のスケジュールと企業が注視すべき点
適用開始は目前に迫っています。
意見募集・確定までの流れ
- 2026年1月28日: パブリックコメント締め切り。
- 2026年3月末: 改訂基準の正式確定・公表。
今後の制度化の可能性
金融庁の審議会において、プライム市場上場企業などを対象とした「有価証券報告書へのサステナビリティ基準適用」の具体的な開始時期が決定されます。最短で2027年3月期(2026年度)からの強制適用が議論されています。
有価証券報告書への適用を見据えた視点
もはや「環境報告はCSR部門の仕事」という時代は終わりました。財務諸表と同等の正確性と、期限内に報告を完了させる「決算プロセス」の中にサステナビリティ開示を組み込む準備を始めてください。
まとめ:ISSB基準との整合と実務的な柔軟性を踏まえた開示体制の構築が重要です
2025年12月15日のSSBJ基準改訂草案の公表は、日本のサステナビリティ開示が「国際標準の最前線」に立ち続けるための重要な一歩です。
今回の改訂により、日本企業は国際的な投資家からの信頼を確保しつつ、実務上の柔軟性も享受できるという、バランスの取れた開示環境を手に入れつつあります。企業にとって重要なのは、この草案の内容を単なる「規制」と捉えるのではなく、自社の持続可能性を証明する「機会」と捉えることです。
今後は、「ISSB基準との整合と実務的な柔軟性を踏まえた開示体制の構築」を経営戦略の核に据え、データのデジタル化や部門間連携を加速させることが、脱炭素時代の企業価値向上に直結します。2026年3月の最終改正確定に向けて、今から自社の開示基盤を総点検していきましょう。
次の一歩として: 貴社の現在のデータ収集状況をSSBJ基準の最新案と照らし合わせ、不足している項目を特定するための「ギャップ分析」を始めてみませんか?早期の着手が、将来の義務化への負担を劇的に軽減します。
参考文献・関連リンク
- サステナビリティ基準委員会(SSBJ)|改訂草案(2025年12月15日公表)
https://www.ssb-j.jp/jp/domestic_standards/exposure_draft/y2025/2025-1215.html - サステナビリティ基準委員会(SSBJ)公式サイト
https://www.ssb-j.jp/ - IFRS|ISSBおよびサステナビリティ開示基準
https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-disclosure-standards/ - 金融庁|サステナビリティ情報開示に関する取組み
https://www.fsa.go.jp/policy/sustainability/index.html