企業価値を左右するGHG排出量算定の国際基準「GHGプロトコル」が、数年ぶりに大規模な改訂を迎えています。特に、スコープ2(電力)の算定厳格化や、スコープ3報告の義務化検討など、日本の企業活動に直結する重要な変更点が提案されており、待ったなしの対応が求められています。本記事では、2025年からの公表スケジュール、そしてロケーション基準・マーケット基準・スコープ3の改訂草案の具体的な中身を、企業が「今すぐ」取り組むべきアクションプランとともに速報として徹底解説します。
INDEX
GHGプロトコル改訂の全体像とスケジュール(企業が知るべき基本情報)
GHGプロトコル(温室効果ガス・プロトコル)は、世界中の企業や自治体が排出量を算定する際の「世界共通言語」です。現在進行中の大規模改訂は、気候変動対策への投資家からの視線が厳しさを増す中で、より実態に即した、信頼性の高いデータ開示を可能にすることを目的としています。
1.1 改訂の対象となる4つの主要な基準とガイダンス
今回の改訂プロセスでは、企業活動の根幹に関わる4つのドキュメントが同時並行でアップデートされています。
- Corporate Standard(企業基準)
企業の排出量報告の基礎となる基準です。報告の原則や組織境界(連結の範囲)の設定、報告すべきガスの種類などが定義されています。
- スコープ2ガイダンス
購入した電気、熱、蒸気の使用に伴う排出量の算定ルールです。今回の改訂で最も「厳格化」が注目されている領域です。
- スコープ3スタンダード・テクニカルガイダンス
自社の活動以外のバリューチェーン全体(原材料調達から製品廃棄まで)の排出量を扱う基準です。
- 行動・マーケット手段
再生可能エネルギー証書やカーボンクレジットなど、市場メカニズムを通じた削減手法をどのように報告に反映させるかを定めます。
1.2 改訂草案の公表時期と最終版の予定スケジュール
改訂作業は数年にわたる長丁場ですが、企業にとっては各段階での「草案」の内容を把握し、先行して準備を進めることがリスク回避に繋がります。
- 2025年10月:スコープ2ガイダンス改訂草案の先行公開
まず、最も論点が多いスコープ2の草案が公開されます。これに合わせてパブリックコンサルテーション(公開意見募集)が実施され、世界中の企業や団体が実務上の懸念や要望を提出します。
- 2026年2Q〜3Q:Corporate Standard、スコープ3スタンダード改訂草案の公開予定
翌年には、企業基準とサプライチェーン基準の草案が公開されます。ここでスコープ3の義務化範囲などが具体的に示される見込みです。
- 2027年末:主要な基準の最終改訂版公表見込み
すべてのパブリックコメントを集約し、最終的な基準が公表されます。実際の適用開始時期はこれ以降になりますが、SBTi(科学的根拠に基づく目標)などの外部認証機関は、新基準に即した目標設定を早期に求める可能性があります。
【最重要】スコープ2ガイダンス改訂案の深掘り:電力算定の厳格化
電力使用に伴う排出量(スコープ2)の算定方法は、今回の改訂において最大の焦点です。これまでの「年間平均」による算定から、より「リアルタイムかつローカル」な実態を反映する方向へと舵が切られています。
2.1 ロケーション基準の変更点:地理的・時間的粒度の強化
ロケーション基準とは、その地域の送電網(グリッド)の平均的な排出係数を用いて算定する方法です。
- 排出係数の「地理的粒度」優先への見直し
従来、国単位の平均係数を用いることが一般的でしたが、改訂案ではより狭い範囲、例えば日本の「10区分の電力エリア(東電エリア、関電エリア等)」ごとの係数を使用することが優先される可能性があります。これは、再エネ比率が高い地域と低い地域の実態をより正確に分けるためです。
- 「アクセシビリティ」概念の導入
単に「係数がある」だけでなく、それが「公的で、無料で、信頼性が高く、利用可能であること」が求められます。企業は、最も精緻なデータにアクセスする努力を証明しなければならなくなるかもしれません。
2.2 マーケット基準の厳格化:アワリー・マッチング導入への段階的移行
マーケット基準とは、再エネ証書などを用いて、企業が自ら選んだ電力の排出量を算定する方法です。ここには劇的な変更が提案されています。
- 「アワリー・マッチング(時間単位のマッチング)」の導入
現在、再エネ証書は「年間」の合計で相殺することが認められていますが、改訂案では「電力を消費したその1時間(または30分)」に、同じエリアで「再エネが発電されたこと」を証明する時間的・地理的整合性が求められる方向です。
- アワリー・マッチング未対応時の排出係数の扱い
時間単位の整合性が証明できない場合、たとえ証書を持っていても、排出量をゼロと見なせず、残余ミックス係数や化石燃料係数の使用を強いられる段階的な制限が検討されています。
- 標準供給サービス(SSS)由来の再エネ価値の再定義
日本のFIT(固定価格買取制度)のように、国民負担や政策によって導入された再エネの価値は、「特定の需要家が独占するのではなく、需要家全体に公平に配分すべき」という議論があります。これが確定すれば、非FIT非化石証書のように、追加性(Additionality)が高い手法の重要性が一層高まります。
Corporate Standard(企業基準)の主な改訂提案
企業基準の改訂は、報告の「誠実さ」と「比較可能性」を一段階引き上げる内容となっています。
3.1 報告範囲の拡大と信頼性の向上
- スコープ3排出量報告の義務化(検討中) これまでスコープ3は「推奨」でしたが、投資家からの要望に基づき、重要なカテゴリについては義務化される可能性が非常に高まっています。
- 「重要性原則」の導入による報告の焦点化 すべてのカテゴリを一律に追うのではなく、ビジネスモデルに照らして排出量が多い箇所を「重要な項目」として特定し、そこに算定のリソースを集中させる考え方が導入されます。
- 組織境界の明確化 出資比率(出資比率基準)で報告するのか、管理権限(経営支配力基準)で報告するのかといった選択が、連結会計の範囲とより厳密に整合するよう求められます。
3.2 算定対象ガスの追加と排出量の経時変化の報告
- 新たな温室効果ガスの追加 京都議定書等で定められた7ガスに加え、オゾン層破壊物質であるCFCsやHCFCsなども、気候変動への影響があるものとして算定対象に加わる可能性があります。
- バイオマス・土地利用変化の計上 バイオマス燃焼による排出量をスコープ内にどう位置づけるか、また土地利用の変化(森林減少など)に伴う排出をどう評価するかが明確化されます。
- 活動量と排出係数の分離開示 排出量の増減が「事業活動が減ったから(減産)」なのか「技術革新があったから(低炭素化)」なのかを判別するため、活動量と係数のデータを分けて開示する手法が提案されています。
スコープ3スタンダード改訂案:サプライチェーン算定の高度化
サプライヤーとの連携が不可欠なスコープ3では、算定の「質」を「推定」から「実測」へシフトさせるための変更が行われます。
4.1 データ収集方法の変更と精度の向上
- 支出(金額)ベース算定の段階的廃止
「100万円買ったから、平均的な排出量はこれくらい」という金額ベースの推定は、精度が低いため、段階的に廃止または制限されます。代わりに、重量や個数、そしてサプライヤーから直接取得する「一次データ」への移行が求められます。
- サプライヤー排出量のデータ配分の標準化
サプライヤーが算定した排出量を、各顧客企業にどう割り振るか(売上比か重量比か等)のルールが標準化され、データの重複や漏れを防ぎます。
4.2 各カテゴリの境界条件と計算方法の見直し
- カテゴリ2(資本財):減価償却期間での按分
現在は「購入した年に一括計上」が一般的ですが、建物の建設や大型機械の導入など、耐用年数が長いものについては、減価償却期間に合わせて排出量を按分する考え方が提案されています。
- カテゴリ11(製品の使用):稼働1年分への変更検討
従来は「販売した製品が寿命を終えるまでの全期間の排出」を販売年に一括計上していましたが、これを「販売後の1年間(または一定期間)」の排出として算定する、より管理しやすい手法への変更が検討されています。
- スコープ3におけるマーケット基準手法の導入
サプライヤーが使用する電力の再エネ化(マーケット基準データ)を、購入企業のスコープ3削減実績としてどう認めるか、その算定ルールが整備されます。
企業が「GHGプロトコル改訂」に備えて今すぐ着手すべき3つのアクション
改訂版が2027年に公表されるのを待っていては、企業の脱炭素戦略は手遅れになります。今すぐ以下の3点に動き出す必要があります。
5.1 スコープ2:電力データ収集体制の見直しと次世代技術の検証
- 粒度の高いデータ収集
月次の請求書ベースだけでなく、30分単位や1時間単位の電力量データを取得・管理できるスマートメーターデータの活用体制を整えてください。
- アワリー・マッチングの検討
将来的に求められる「時間単位の再エネ証明」をどう実現するか。電力会社やPPA(電力購入契約)プロバイダーと、アワリー・マッチング対応の証書供給について協議を開始しましょう。
5.2 スコープ3:サプライヤーエンゲージメントの強化
- 一次データ取得への戦略策定
主要な排出源となっている上位サプライヤーを特定し、彼らが自ら排出量を算定できる状態にあるかを確認してください。算定を支援するツール(アスエネ等のプラットフォーム)の共同利用などを提案するのも有効です。
- データ共有基盤の検討
メールやExcelでのやり取りは限界を迎えています。サプライヤーと安全かつ効率的にデータをやり取りできるクラウド基盤の導入を、サプライチェーン全体で検討すべき時期です。
5.3 組織内での改訂内容の理解とパブリックコンサルテーションへの対応
- 監視チームの編成
環境担当部署だけでなく、経営企画やIR部門を巻き込んだ横断的な監視チームを作ってください。新基準への対応は財務報告のあり方にも影響するためです。
- 意見提出(パブリックコンサルテーション)の準備
2025年10月のスコープ2草案公開に合わせ、自社のビジネスモデルにおいて不可能な要求(例:過度なアワリー・マッチングの義務化)がないかを検証し、必要に応じて積極的に意見を提出してください。国際基準を作るプロセスに参加することは、将来のリスクを管理する上で重要です。
まとめ:GHGプロトコルの進化を踏まえた「データ品質の高度化」が不可欠です
今回のGHGプロトコル改訂は、単なるマイナーチェンジではありません。電力算定における「アワリー・マッチング」の検討や、スコープ3における「一次データ」への移行は、企業の排出量管理のあり方を根底から変えるものです。
今後、投資家や取引先は、これまで以上に「透明性が高く、科学的根拠に基づいたデータ」を求めます。基準の確定を待つのではなく、「GHGプロトコルの進化を踏まえたデータ品質の高度化」を今すぐ経営課題として位置づけ、デジタルツールの活用やサプライヤーとの連携を加速させることが、脱炭素時代の競争優位を築く唯一の道となります。
アスエネでは、最新の国際基準に対応した排出量の「見える化」システムと、専門コンサルタントによる算定・開示支援を提供しています。改訂への具体的な備えについて、ぜひご相談ください。
参考文献
- GHGプロトコル公式サイト (GHG Protocol Homepage):改訂草案および関連文書(Corporate Standard、Scope 2 Guidance、Scope 3 Standardなど)
- URL: https://ghgprotocol.org/
- 世界資源研究所 (WRI) および 世界持続的発展のための経済人会議 (WBCSD)
- WRI GHG Protocol関連ページ: https://www.wri.org/initiatives/greenhouse-gas-protocol
- WBCSD/WRI パートナーシップ情報: https://ghgprotocol.org/about-wri-wbcsd