「削減貢献量(Avoided Emissions)」という言葉をご存じでしょうか。自社の排出量を減らす「守り」の脱炭素から、自社の技術で社会全体の排出を減らす「攻め」の脱炭素へ――。いま、日本企業が強みとする省エネ技術を正当に評価するための新しい国際ルールが、いよいよ産声を上げようとしています。
2026年2月、IEC(国際電気標準会議)において、削減貢献量の算定・開示に関する国際規格「IEC 63372」が正式に発行される見通しとなりました。これまで「日本独自の指標」と見られがちだったこの概念が、世界共通の「物差し」になることで、企業の環境貢献と事業成長(売上増)の相関が公的に証明されることになります。
本記事では、2026年2月の規格化に向けた最新スケジュールや、「過大評価(グリーンウォッシュ)」を防ぐための厳格な算定ルール、そして投資家評価を劇的に変える開示戦略の全容を徹底解説します。
INDEX
「削減貢献量(Avoided Emissions)」とは?基本定義と国際規格化の意義
まずは、削減貢献量がこれまでのGHG算定と何が違うのか、そしてなぜ今、世界基準が必要とされているのかを整理します。
1.1 削減貢献量の概念:従来の排出量(Scope 1, 2, 3)との違い
従来のGHG(温室効果ガス)排出量算定は、自社が「どれだけ出したか」を測るものでした。これに対して削減貢献量は、自社の製品やサービスによって「社会全体でどれだけ排出を抑えられたか」を測る指標です。
- Scope 1, 2, 3(排出量): 企業の活動に伴う「負のインパクト」を評価(マイナスをゼロにする努力)。
- 削減貢献量(貢献量): 企業の製品・サービスがもたらす「正のインパクト」を評価(プラスの価値を最大化する努力)。
例えば、最新の高効率エアコンを販売した場合、企業のScope 3(販売した製品の使用)は、販売台数が増えるほど増大してしまいます。しかし、そのエアコンが市場の平均的な製品に比べて圧倒的に省エネであれば、社会全体のエネルギー消費は抑制されます。この「抑制分」を数値化するのが削減貢献量です。
1.2 国際規格化が企業評価にもたらす革新的な意義
削減貢献量は、もともと日本企業が「自社の省エネ技術をもっと正当に評価してほしい」と提唱してきた概念です。しかし、世界共通のルールがなかったため、投資家からは「自社に都合の良いベースライン(比較対象)を設定しているのではないか」という疑念(グリーンウォッシュ懸念)を持たれることもありました。
国際規格(IEC 63372)化の意義:
- 信頼性の担保: 国際的に認められた厳格な手順で算定されるため、開示データの客観性が飛躍的に高まります。
- 企業価値との連動: 販売量が増えるほど貢献量も増えるため、「稼げば稼ぐほど地球に貢献している」ことを投資家に数字で示せるようになります。
- グローバル・リーダーシップ: 日本発の考え方が世界標準となることで、日本の電機・電子・空調メーカーなどの高い技術力が世界市場で選ばれる強力な武器となります。
【速報】IEC 63372への正式化スケジュールと規格の概要
IEC 63372は、電気・電子製品におけるGHG排出量、削減量、および削減貢献量を定量化し、コミュニケーションするための指針を定めるものです。
2.1 削減貢献量の国際規格化:2026年2月の正式決定に向けて
現在、IEC(国際電気標準会議)のTC 111(電気・電子製品・システムの環境規格)において策定が進められています。
- 現在のステータス: コメント処理が完了し、最終的な承認段階(FDIS:最終国際規格案)に移行しつつあります。
- 正式発行予定: 2026年2月〜3月。
- 規格の性格: これまでの技術報告書(TR)とは異なり、明確な「要求事項」を含む「国際規格(IS)」として発行されます。これにより、認証機関による第三者検証が可能になり、情報の重みが格段に増します。
2.2 規格に盛り込まれる日本企業の成功事例
この規格の策定には、日本の電機・電子業界が深く関与しています。特に、パナソニック ホールディングスやダイキン工業といった企業が長年培ってきた算定ノウハウや事例が、規格のドラフト段階から色濃く反映されています。
- 電機・電子温暖化対策連絡会: JEMA(日本電機工業会)やJEITA(電子情報技術産業協会)などが連携し、日本企業の算出実務を国際ルールとして体系化しました。
- デジタル技術の活用: AI、IoT、デジタルツインなどを用いた高度な削減効果の算定についても、この規格の中で方法論が示される予定です。
国際規格が定める「比較基準」と過大評価の防止メカニズム
削減貢献量を公表する上で最大の懸念は「恣意的な算定」です。IEC 63372は、この懸念を払拭するための厳格な「比較基準(ベースライン)」を設定します。
3.1 比較基準の明確化が求められる理由
例えば、20年前の極めて効率の悪い古いエアコンと比較すれば、最新モデルの削減貢献量は膨大になります。しかし、それは「現代の社会」における真の貢献と言えるでしょうか。このような恣意性を排除しなければ、金融市場での評価は得られません。
3.2 新規格のコア要素:「市場で最も使われる製品」への限定
IEC 63372では、削減貢献量を計算する際の比較対象(参照シナリオ)について、以下のような厳格なルールを課すと見られています。
- 市場の平均(または代表的な製品): 「市場で現時点において最も普及している製品」をベースラインとすること。
- 科学的根拠に基づく設定: 規制水準や業界平均など、客観的に妥当と認められるデータをベースラインに使用すること。
- ライフサイクル全体での評価: 製造から廃棄までの全プロセス(LCA)を考慮し、一箇所での削減が他所での増加を招いていないか(リークの有無)を確認すること。
企業が取るべき戦略的アクション:事業成長と環境貢献の両立
規格の正式化を待つのではなく、先行して準備を進める企業が、2026年以降のESG投資市場で主導権を握ります。
4.1 削減貢献量算定を事業計画に組み込むメリット
削減貢献量は、企業の「攻めの脱炭素」を象徴するKPI(重要業績評価指標)となります。
- ビジネスチャンスの可視化: 自社の省エネ・創エネ製品のシェア拡大が、地球環境にどれほどプラスであるかを「t-CO2e」という共通単位で示せます。
- 資金調達の有利化: 削減貢献量を適切に開示することで、インパクト投資やグリーンファイナンスの対象として選ばれやすくなります。
- 社員のモチベーション向上: 自社の仕事が社会の脱炭素化にどれだけ直結しているかを数値で実感でき、人材獲得や定着にも寄与します。
4.2 国際規格への対応に向けた具体的な準備事項
- LCA(ライフサイクルアセスメント)の強化: 製品単位での排出量データを精緻化し、客観的な比較ができる体制を整えます。
- 社内ガイドラインの策定: IEC 63372のドラフトに基づき、自社製品の「比較基準(ベースライン)」をどのように設定するか、ロジックを固めます。
- 第三者検証の検討: 規格が正式化された後、速やかに第三者による検証を受けられるよう、算定プロセスの透明性を確保しておきます。
まとめと今後の企業価値向上への展望
まとめ:削減貢献量の国際規格化を踏まえた「機会」ベースの開示戦略が重要です
2026年2月に予定されている「IEC 63372」の正式化は、世界の脱炭素評価の潮目を変える出来事になります。これまで排出量(リスク)の削減ばかりに注力してきた企業にとって、削減貢献量は自社の「ソリューション能力(機会)」を公にアピールできる最強の武器となります。
過大評価を防ぐ厳格な国際ルールが定まることで、真に優れた技術を持つ企業が、正当に資本市場から評価される土壌が整います。日本企業はこの新ルールを味方につけ、「自社の成長が、地球の未来にどれだけ寄与しているか」を世界共通言語で語り始めるべきです。
参考文献
- 環境省: 「サプライチェーンを通じたGHG排出量算定に関する資料」削減貢献量オプション URL: https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SC_syousai_Option1_20230301.pdf
- GXリーグ: 「気候関連の機会における開示・評価の基本指針」
- IEC(国際電気標準会議): IEC 63372 標準策定プロセス資料(TC 111)