概要
今後の普及が見込まれる洋上風力発電を支えるエンジニア、テクニシャンの育成を行っている特定非営利活動法人 長崎海洋産業クラスター形成推進協議会の取り組みについて紹介します。具体的には、洋上風力のエンジニアを育成する長崎海洋アカデミー(Nagasaki Ocean Academy)を2020年10月から運営しており、これまで2日間の研修を85回、累計受講者は1,085名となりました(2025年8月末時点)。またテクニシャンの教育・訓練を行うNOA TRAINING(Nagasaki Ocean Academy TRAINING)を2024年11月に開講し訓練の提供を行っています。
長崎海洋アカデミーが取り組むエンジニアの育成
長崎海洋アカデミーは、今後急成長が見込まれている洋上風力発電の分野におけるエンジニアの育成の場として、日本財団および長崎県の支援を受け2020年10月に開講しました。全国の洋上風力発電の開発に関わる企業の従業員の方々を中心にした受講者に対して、長崎大学文教キャンパス内に新設した専用スペースにて研修の提供を開始しました。洋上風力発電は、今後10年程度の間に急速な発展が見込まれています。しかし一方で、欧州における北海油田のようなオフショア(沖合)の技術開発経験の少ない日本では、海洋開発を行う専門人材の数が不足しています。
図1:エンジニアを育成する長崎海洋アカデミー

出典:長崎海洋産業クラスター形成推進協議会
長崎海洋アカデミーでは二日間の研修を、年間15回〜20回程度開催し、年間200名以上の方が全国各地から受講しています。受講者の多くは、発電事業者、建設会社、地域サプライヤー企業、造船会社や商船会社など、すでに洋上風力産業に参入している、または参入を予定している企業の従業員です。表1にあるコースに加えて、現在は漁業共生コースと、オペレーション&メンテナンスコース(それぞれ2日間)の2つのコース開発も進行しています。
表1:長崎海洋アカデミーの研修内容
コース | 期間 | 内容 | 受講料 税込 | |
1 | 半日・入門 | 半日 | 初めて学ぶ方を対象とした内容。 | 5千円 |
2 | 総論 | 2日間 | 俯瞰的に幅広く洋上風力を学ぶ。 | 15万円 当会 会員 10万円 |
3 | 事業開発 | プロジェクト管理、業務遂行知識を学ぶ。 | ||
4 | ウィンドファーム認証と保険 | 認証、保険、ファイナンスを学ぶ。 | ||
5 | 浮体式洋上風力発電 | 日本で有望は浮体式を詳しく学ぶ。 | ||
6 | 風況観測・解析 | 発電力の推計に必要な風況解析を学ぶ。 | ||
7 | 洋上施工 | 洋上での施工方法、船舶、機材を学ぶ。 | ||
8 | EPCプロジェクトマネジメント | 建設工事管理をグループワーク中心で学ぶ。 | ||
9 | 洋上風力のHSE | 安全管理、規則等について学ぶ。 | ||
10 | 送電システム | 海底ケーブル、送電システムの設計、施工、保守。 | ||
11 | 五島オンサイト | 1日間 | 五島市の浮体式風車の見学等。 | 7万円 |
NOA TRAININGが取り組むテクニシャンの育成
洋上風力発電の普及のためには、設計や管理業務を行うエンジニアのみならず、これから実際の洋上風力発電所の建設や運転保守が始まると、洋上の現場での仕事を行うテクニシャンも必要です。当協議会は、日本財団の全面的な支援を受け、2024年11月に洋上風力のテクニシャンを訓練、育成するための施設であるNOA TRAININGを、長崎市伊王島に開講しました。
図2:洋上風力のテクニシャンを育成するNOA TRAINING

出典:長崎海洋産業クラスター形成推進協議会
洋上風力発電は、日本ではまだ黎明期であり、実際に運転を行っている風力発電所は北海道石狩湾新港、秋田港、能代港等、数か所に限られます。このような状況でも、すでに洋上での事故は発生しており、対策が必要です。欧州では洋上風力産業の安全性の向上を目的に、民間企業主導によりデンマークを本部にしたGlobal Wind Organization(以下GWO)が2012年に設立されました。風力発電業界の主要な事業者(風力タービンの製造企業や、発電事業者など)が協力し、世界中の風力発電に従事する人々が同じ標準に基づいたトレーニングを受けることにより、安全な作業環境を実現することを目的としてGWOを設立し、国際的に認められた安全トレーニングの基準を策定しています。風力タービンの設置やメンテナンスに必要な技術的スキルの基礎を学ぶ基本技能訓練(機械、電気、油圧、ボルト締結など)の内容も策定しています。今後、より多くのテクニシャンが必要になり、多くの訓練受講者を受け入れられるよう、日本財団は当協議会を助成し、NOA TRAININGが設立されました。NOA TRAININGでは2024年の11月から訓練提供を開始し、年間1,000人のテクニシャンの育成に向けて取り組んでいます。
表2:NOA TRAININGが提供している訓練
訓練名 | 内容 |
基本安全訓練 シーサバイバル | 船から風車への乗り移り、落水時の対応等。 |
基本安全訓練 高所作業 | ハシゴの昇降、高所からの退避、救助等。 |
基本安全訓練 応急処置 | 傷病者への迅速な対応等。 |
基本安全訓練 防火消火 | 防火施設の理解、消火行動、退避行動等。 |
基本安全訓練 マニュアルハンドリング | 重量物の搬送に関わるリスク評価と対応等。 |
アドバンスト・レスキュー訓練 | 傷病者の救助、担架への固定、上げ下ろし等。 |
エンハンスト・ファーストエイド訓練 | 傷病者への迅速な対応、専用器具の使用等。 |
(2026年開講予定)基本技能訓練 | 電気、機械、油圧、ボルト締結などの技能の習得。 |
(2026年開講予定)スリンガー・シグナラー | クレーンの玉掛けに関する技能の習得。 |
図3:基本安全訓練

図4:アドバンスト・レスキュー訓練(上級救助訓練)

図5:エンハンスト・ファーストエイド訓練(上級応急処置)

図3, 4, 5の出典:長崎海洋産業クラスター形成推進協議会
また、2027年度には、実際の洋上風力の現場と同じ環境で訓練を実施するための洋上タワーを長崎市高島沖に建設し、実際のアクセス船も建造した上で、洋上での風車への乗り移りの訓練や、動揺するアクセス船からタワーへ安全に荷物を上げ下ろしする訓練、CTVの操縦訓練など、より実践的な訓練を提供する予定です。
図6:2026年度に完成予定の訓練用の洋上タワーとアクセス船

出典:長崎海洋産業クラスター形成推進協議会
今後の展望
当協議会では、エンジニアとテクニシャンの育成に取り組んでいますが、今後はさらに高度な工学的な知識と現場の経験を持ち、洋上風車のトラブルシューティングや、故障予知、点検業務、ROV(Remotely Operated Vehicle、遠隔操作型無人潜水機)の操作や管理等に精通する高度技能者の育成が必要だと考えており、今後取り組みを進めていく予定です。洋上風力発電を支える人材の育成を通じて、日本の2050年のカーボンニュートラル社会の実現に貢献できるよう、今後も充実した教育、訓練の提供に努めていきます。
執筆:
特定非営利活動法人 長崎海洋産業クラスター形成推進協議会
副理事長 訓練施設長 松尾博志