アスエネは、Forbes JAPANとの共催による「ASUENE Sustainability Summit 2026」を開催した。本記事では、パネルセッション「サプライチェーンの再構築が実現する、脱炭素と持続可能性」より、モデレーターを務めた藤吉雅春氏(Forbes JAPAN編集長)の進行のもと、江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター副センター長 教授)、森原雅幸氏(三菱重工業株式会社 カーボンニュートラル推進室長)、森永泰弘氏(株式会社村田製作所 シニアマネジャー)の講演パートを抜粋し、アフターレポートとしてお届けする。

本講演のポイント

  • 気候科学的には1.5℃目標達成のペースが全く足りておらず、ティッピングポイントやオーバーシュート・ジオエンジニアリングが現実味を帯びる一方、脱炭素化の方向性自体は揺るがない。
  • スコープ3のうちサプライヤー由来のカテゴリー1排出が大きい企業ほど、圧力ではなく算定支援や説明会を通じた「支援・仲間」としてのサプライヤー連携が実務の鍵になる。
  • 脱炭素を「地球への配慮」ではなく「エネルギーコスト上昇への対応という経営課題」に翻訳することで、現場が具体的な取り組みに落とし込みやすくなる。
  • GX-ETSなどのカーボンプライシングは、コストと捉えるかプライスとして事業機会に変えるかで対応が分かれ、社内炭素価格の設定や投資判断への組み込みが次の一歩になる。

パネル開幕――脱炭素の最前線に立つ3者

藤吉氏はセッション冒頭、脱炭素とサプライチェーンという今最も注目されるテーマについて、その領域でまさにトップランナーである登壇者を紹介した。その上で、セッション全体の構成を次のように示した。

「本セッションは3つのパネルをご用意しております。パネル1がスコープ3のロードマップ、パネル2がビジネスとしてのリアル、パネル3がカーボンニュートラルにおける現場のリアルとなります」(藤吉編集長)

まず、各登壇者から脱炭素を取り巻く現状が共有された。

①三菱重工業――発電事業とスコープ3、11億6500万トンの内訳

まず森原氏が、三菱重工業の事業構造とCO2排出の内訳を紹介した。

「先ず、三菱重工とはどんな会社なのか、を少し紹介します。ロケットや旅客機、または戦闘機などの防衛装備品をつくっている会社、というのは、皆さん、ご存じだと思います。創業から140年を超えて、直近の売上規模は約5兆円です。そこで、この円グラフをご覧いただきたいのですが、オレンジの部分が非常に大きく目につくと思います。実は、三菱重工は、発電所をつくるビジネスの割合が非常に大きいのです。」(森原氏)

続けて、同社のCO2排出構造を具体的な数字で説明した。

「工場でエネルギーを使って出ているCO2が約50万トン。これは比較的小さいのではないかと思います。一方、スコープ3は11億6500万トン。日本一国で、10億トンぐらいと言われていますので、三菱重工グループは世界中で商売をした結果、それに匹敵するCO2を出していると見なされているということです。この大半が天然ガス火力発電所のコアコンポーネントであるガスタービンの販売によるものです。AIの普及によって電力需要が大きく伸びていることに伴い、ガスタービンのビジネスは好調です。しかしガスタービンを売れば売るほど、Scope3が出ていると見なされてしまう。これは課題だと思っています。」(森原氏)

同社は2021年10月にカーボンニュートラル宣言を発表している。

「2021年10月、カーボンニュートラル宣言を出しています。まず、2040年にネットゼロの目標を設定しています。国の目標は2050年ですが、当社は10年前倒ししたいということです。当社の製品は、お客様が導入を検討されてから実際に導入されるまで10年単位で時間を要するものが多くあります。従って、国が2050年に目標達成を目指すのであれば、当社自身は10年程度前倒しして、しっかり準備をしなければなりません。もう1つ独特なのが、スコープ3+CCUSとしている点です。CCUSのコアになるCO2回収技術を保有している当社ならではの設定だと思います。ただし、このカーボンニュートラル宣言はCO2を減らすことだけが目的ではなく、広く捉えて、サステナブルで安心安全なエネルギーの課題解決と捉えて、当社の成長戦略としています。」(森原氏)

②村田製作所――小さな部品メーカーが抱える大きなスコープ3

続いて森永氏が、村田製作所の事業と直面する課題を紹介した。

「村田製作所は小さな電子部品をつくっている会社でございます。皆さんお使いのスマホですと1000個ぐらい部品が使われてますし、今日の話題の中心であるAIのデータセンターでも、使われている部品の数量が非常に増えてきていまして、あまり大きな声では言えないんですけども、我々も多くの電気を使っています。この物をつくるための電力の消費もたくさん使っていて、省エネでも頑張っているんですけれども、どうしても電力の使用量が増えてしまっているというのが現状です」(森永氏)

同社は2027年の中期計画において、財務目標と並ぶ社内目標を掲げているという。

「2050年にカーボンニュートラルを達成すると宣言しております。あと再生可能エネルギー100%達成も2035年までにということで、これはかなり大変なんですけれども、実行する予定です」(森永氏)

江守教授が語る、1.5℃への接近と気候科学の現在地

藤吉氏は、地政学的な変化や経済合理性を求める複雑な力学が絡み合う中で世界がどこに向かっているのか、江守氏に問いを向けた。

「今、国内でも様々な新しいルールが本格化しているわけですが、一方で地政学的な変化や経済合理性を求める複雑な力学も絡み合っていて、この激動のグローバル市場において、世界はどこに向かっているのか。江守先生、グローバル動向における脱炭素の現在地についてお話しいただけますでしょうか」(藤吉編集長)

①シミュレーションが示す「対策する世界」と「しない世界」の差

「これはシミュレーションの結果です。スーパーコンピューターで、対策が進む場合と全然進まなかった場合という実験ができるわけですが、左側が対策を進めた場合の2100年、右側が全然対策をしなかった場合の2100年です。赤と黄色が上がっているということで、我々の選択が将来の地球をこれぐらい違うものにしてしまうと、まずそういう前提で考えていただきたいと思います」(江守教授)

②1.5℃超えの意味とティッピングポイント

パリ協定が掲げる1.5℃目標について、江守氏は現状を次のように説明した。

「世界平均の気温上昇を産業革命前から1.5℃で抑えようというのがパリ協定とその後の合意によって世界が目指していることであるわけですが、現状は過去5年の平均で見た時に1.4℃、一昨年は単年で見るともう1.5℃を超えてしまいました。今のペースでは2030年頃には1.5℃に到達してしまうと考えられています」(江守教授)

「1.5℃を超えるといくつかのティッピング現象の発生確率が高まると考えられています。ティッピング現象というのは、温度上昇がある点を超えた時に、スイッチが入るように急激な変化が起きて、止まらなくなるといったようなことです。例えばグリーンランドの氷床や南極の氷床というのが、今すでに減り始めているんですけれども、ある温度を超えるとそれが加速して止まれなくなるとか、永久凍土が溶けてメタンが出てくるとか、サンゴ礁に関しては白化から死滅というのがすでに閾値を超えたんじゃないかと言われています。それからもう1つ、1.5℃という数字の重要な意味は、原因に責任のない人たちが被害を受けるということです。脆弱な国々の脆弱な人たち、例えば小さな島の人たちが2℃も温暖化したら耐えられないということで1.5℃という数字が出てきたわけなので、1.5℃で温暖化を止めるというのはそういう人たちを見捨てないという国際社会の決意だったと考えられます。しかしもう我々はそこに差しかかってしまっているということです」(江守教授)

③オーバーシュートとジオエンジニアリングという現実味

「現状の世界の排出削減ペースは、1.5度で温暖化を止めるには全く足りていません。現状のペースでいくと2100年に2.8℃ぐらい上昇するペースでいっています。明るい兆しとしては、最近再生可能エネルギーがものすごい価格競争力をもって増えている。これはほとんどが中国のおかげと言ったらあれですけれども、それによって中国への依存度が高まっていって大丈夫かという議論も発生していますし、データセンターが増えると電力需要も増えていくんじゃないかという話も今後どうなるかトレンドは分かりませんが、経済に任せておいてもそれなりに脱炭素電源が入るようになってきた。しかしそのスピードはまだ全然遅い、国際目標に比べるとというのが現状です」

「1.5℃を一旦超えるけれども、その後気温を戻していきましょうというオーバーシュートという考え方がかなり真顔で語られるようになってきました。これを本当にやろうとすると、世界でCO2を除去する技術をものすごい大量に導入して、大気中のCO2濃度を下げなければいけません。世界のエネルギーの1割2割をCO2の除去だけに使うという、そういう世界です。それからもう1つはジオエンジニアリングです。成層圏に微粒子をたくさん撒いて日射を遮って無理やり地球を冷やそうといった議論が昔からあるんですが、こういったかなりマッドサイエンティスト的な発想の議論というのが、かなり現実味を帯びてきたようなところもあります。ただ最終的に申し上げたいのは、1.5℃を超えようが超えまいが、一刻も早く世界が脱炭素化を目指すべきであるということ自体は何ら変わっていない、ということです」(江守教授)

パネル1――スコープ3の壁とロードマップ

藤吉氏は、企業の脱炭素における大きなハードルであるサプライチェーン全体の排出量について、自社の枠を超えたサプライヤーとの連携を軸に話を向けた。

「パネル1では、スコープ3の具体的な取り組みとロードマップについてお聞きしたいと思います。企業の脱炭素において大きなハードルとなるのがサプライチェーン全体の排出量、自社の枠を超えてサプライヤーとどう連携していくか、そういったお話をお聞きしていきたいと思います。まずは村田製作所の森永さんにお聞きします」(藤吉編集長)

①村田製作所――カテゴリー1が6割を占める現実

「我々自身のスコープ1・2の排出は、再エネの導入が増えていて、省エネも頑張っているので結構下がってきています。一方でスコープ3がなかなか、全体の排出の8割がスコープ3です。その中でもカテゴリー1、我々のサプライヤー様から来ている部分、ここの影響が非常に大きくて、スコープ3の中の6割ぐらいを占めています。トータルで今4,800社ぐらいのお取引先があるんですけれども、ご理解をいただいて協力いただくというのがなかなかチャレンジな課題でございまして、毎年我々の気候変動戦略の取り組みに対する説明会をやって、全体にこういうことをやっていますよという発信をさせていただいています。あとさらに一部のサプライヤーさんには直接訪問して、そもそもどのぐらい排出しているか分からないという企業さんも多いので、算定支援であったり、こういう対策をしたらどうですかという提案をさせていただくこともございます」(森永氏)

②三菱重工業――「リアルな経営課題」への翻訳

森原氏は、脱炭素の取り組みを進めるための鍵として「リアル」という考え方を挙げた。

「1つ1つの取り組みも、経営判断できるように翻訳しないと実現しません。当社は、まさに脱炭素を現実的な経営課題に落とし込む時期が来たと思っています。例えば、地政学リスクの顕在化で化石燃料が手に入らない社会が来るかもしれないし化石燃料の値段が上がってしまうかもしれない。また、排出権取引をきっかけにエネルギーのコストが上がるかもしれない。こういうものは、まさに経営に直結するリアルな課題です。今まで脱炭素は、気温が上昇して『赤くなる地球』を見て、皆で『何とかしなければ』と考える世界観でしたが、よりリアルな経営課題として翻訳しやすいシチュエーションが整ってきたと思います。エネルギーのコストが上がる世界にどうやって競争力を維持するか、生産性をどうやって改善するか。このようなメッセージを通して『経営判断できるリアルな取り組み』に翻訳していくことが、実は、実際にCO2を最も減らすことができたと数十年後に振り返ることができるのではないか。これが当社の主張するリアルな脱炭素、という意味だと思ってます」(森原氏)

サプライチェーンに働きかける意味についても課題を指摘した。

「現在、当社は、スコープ3のカテゴリー1の算定に2次データを使っています。サプライヤーが個社で算出する直接データである1次データを使わず、当社は調達額に係数をかけて計算する手法を取っています。つまり、サプライヤーの実際の排出量が減っても、当社グループのカテゴリー1は計算上減りません。先日、三菱重工としてはある金融機関と連携して、中堅・中小企業を含む川上企業に対する脱炭素支援を始めることにしました。先ほど申し上げた通り、1次データを使用していないので、この活動では当社グループの排出量は計算上減りません。この取り組みは当社のスコープ3を減らすことが目的ではなく、脱炭素という文脈で企業体質を改善して、しっかりものづくりを続けられる基盤を再構築していきましょう、ということです。この基盤が狂うと、いくら当社のCO2排出量が減っても、ものづくりが続けられないということになりかねません。」(森原氏)

③江守氏のコメント――プレッシャーではなく支援としての連携

藤吉氏がここで、2人の話を聞いた江守氏の受け止めを尋ねた。

「お2人のお話を伺って、先生、どのようなご意見がありますでしょうか」(藤吉編集長)

「やっぱり脱炭素っていう、日本の政策目標として決まって、大企業は分かっている、金融からもプレッシャーを受けるし、開示もする。だけど中小企業になかなかそのシグナルがいかない、中小企業は大企業からサプライチェーンとしてプレッシャーを受けるという風に聞いていて、これからカーボンニュートラルやらないと取引しないよと言われる、そういうことが始まるのかなと思ったんですけど、お2人の話を聞くと、もっとそれは支援だと、もう仲間なんだということで、サプライヤーの皆さんと一緒に、どうやったらそれを利益のある経営課題として向き合って、前向きに取り組めるような形でやっていけるかということが、実際にはすでに始まっているんだということを感じることができて、非常にいいことを聞けた感じがいたします」(江守教授)

パネル2――脱炭素実装の鍵は「経済合理性」への翻訳

藤吉氏は、パネル2としてサプライヤー連携の具体的な鍵について森永氏に尋ねた。

「森永さんがパネル1でお話しいただいたサプライヤーさんとの連携で、何が重要なのか教えていただけますか」(藤吉編集長)

①村田製作所のエネルギーマネジメントプラットフォーム

「我々はエフィノスというエネルギーマネジメントシステムを自社で開発しました。電力会社ではないんですけれども、自社の工場に太陽光発電と蓄電池を入れて、それと電力を動的に制御できるようなシステムをつくりまして、ピークカットもできて電力コストを削減できるし、使いきれない太陽光の電力を蓄電池に貯めておいて、高い電力の時間帯に使うということもできる。村田がこういうことをやっているよということを検証されたものを、社外パートナーさんにも紹介させていただいて、こういうものであれば経済的なメリットがあり、さらに環境に対してもいいですね、ということでサプライヤーさんにも展開していけるんじゃないかということを構想しながら実装しています。まさにサプライチェーンと連携したモデルケースをつくっているというところです」(森永氏)

1次データ化の進捗についても言及した。

「サプライヤーさんのデータについて、間接的に金額係数をかけて出すというやり方をしていて、そうすると削減した努力が適切に反映されないという課題があるので、1次データ化を進めていますが、それが今3割ぐらいになっています」(森永氏)

②三菱重工業のバイオディーゼル実証――燃料10分の1・単価5倍という選択

藤吉氏は、燃料使用量を減らしながら単価の高い代替燃料を導入したという事例について森原氏に尋ねた。

「三菱重工さんでは、燃料使用量を10分の1に減らして5倍の価格の代替燃料を導入したという事例があると伺ったんですけれども、これはどのようなお考えで取り組まれているんですか」(藤吉編集長)

「広島県三原市の工場をロールモデルとして、その成果を他の工場に展開していきたいと思っています。その三原のロールモデル工場の事例なのですが、非常用発電機の燃料使用量を10分の1にして、その燃料を軽油から価格が5倍のバイオディーゼルに変えるというプロジェクトをやりました。これが工場脱炭素のリアルの1例だと思います。燃料の使用量を下げて、高い燃料の使用に耐えられるエネルギー構造にしておくことが大事です。加えて、まだまだ省エネの余地があるぞというメッセージを出すためでもあります。こうしたものをどう積み重ねて進めていくかという全体のマネジメントも大切で、これをスキルセットとしてパッケージにし、違う工場にもどんどん使っていく。こうした展開がとても重要だと思います」(森原氏)

経済性については留保をつけた。

「これが工場を脱炭素するリアルであることを示すために、この事例をお話ししましたが、実際には、こうした取り組みを完了することは相当難しいです。通常の意思決定であれば、軽油の使用量を10分の1にした段階で取り組みを保留する可能性が高いからです。バイオディーゼルの経済性や入手可能性を、正確に理解をした上で全体に普及させるかどうかを判断しなければいけません。三原の事例は、ロールモデルとして一度きちんと変えてみることにしました。非常に難しいポイントがあると思います」(森原氏)

③江守氏の問い――GX-ETSと炭素価格の水準

江守氏は、GX-ETS(排出量取引制度)に関する疑問を2人に投げかけた。

「日本ではまだ再エネが高いとか、コストで選んだら化石燃料の電気がいいんだけど、脱炭素だから高い方を買わなくちゃいけないみたいなことがあると思います。脱炭素はコストがかかるのはしょうがない面がある。今までCO2を大気に排出するのはタダだったわけだけれども、それによっていろんな被害が出て、その被害が出た分をCO2を出した人が払っていないじゃないかという問題なわけで、いわゆるカーボンプライシングというのが昔からずっと議論されてきたわけです。GX-ETSというのがようやく本格的に取引も始まるということですが、それは本質的にこの問題に関わる話なはずなんですけれども、なんか皆さんそこのところをあまり語られないな、というのを感じていまして、GX-ETSを2人はどう見てらっしゃるのか、是非伺ってみたいと思いました」(江守教授)

森永氏は、制度の意義と現状の水準について次のように応じた。

「こういう議論が本格的に始められる、フラットに議論ができるようなきっかけになるなという風には思ってます。日本の炭素税というと、今この新しい制度で上限が4300円ぐらいということで議論の対象になっているのかなと。ただまだこの水準だと、脱炭素を頑張ろうとか、そのための投資をするだけのインセンティブになるぐらいの水準ではないのかなという風に捉えています。我々の会社ですと、既にインターナルカーボンプライスができていまして、それは1万5000円なんですね。それで社内の投資判断をつけてやっているという状況です。公共の制度が、頑張った人に対してフリーライドにならないような制度がうまく入ってくれればいいなと思っています」(森永氏)

森原氏は、制度設計の経緯を踏まえた見方を示した。

「今回の制度を導入するために、国を始め、多くの関係者が相当な苦労をされたと思います。いきなりネガティブなインパクトを出さずにどうソフトランディングするかという観点でいけば、すごく工夫された価格水準だと思います。一方で炭素価格は、できればコストではなくプライスとして、ビジネスを広げるとか価値化する方向に使われるのが好ましい。コストとして捉える場合は、どのようにそのコストに対処できる構造にするか、一転してプライスとしてどのように付加価値に変えて、投資やポートフォリオの見直しにつなげるか。すぐに大きなインパクトがある水準ではないのかなという気がしますが、逆に、社会としての炭素価格を導入していくという方向性が出たわけなので、直ちにリアルな経営戦略として対処していくことかなと思います」(森原氏)

パネル3――現場のリアルと「プロシューマー」という視点

藤吉氏は最後のパネルとして、現場視点での再生可能エネルギー活用と経営課題について森永氏に問いを向けた。

「再生可能エネルギーの活用における経営課題について、森永さんにお話を伺いたいと思います」(藤吉編集長)

①再エネ調達の経営課題化と「プロシューマー」という発想

「まさに再生可能エネルギーの活用というところで、これは上乗せのコストではなくて、我々製造業の競争力を左右する経営課題になってきているかなというところです。村田製作所は海外の売上比率が9割以上あるんですが、ものづくりは6割以上が国内です。私は2022年までシンガポールに駐在していまして、東南アジアの各国に行くと、再生可能エネルギーの方が安いということがあります。安い理由は、脱炭素がしたいからではなく単純に価格が安いから入れるという理由もあって、すでに発電コストが安くなっているという状況がある一方で、日本だとプレミアム価格をいくら乗せて買ってくれるんですかと言われてしまったりする、非常に大変な状況かなという風に思います。我々自身が電力の消費者としてうまく賢く使いこなしながら、場合によっては電力をつくるようなことにも取り組んでいって、そのプロシューマー(生産者・プロデューサーと消費者・コンシューマーを合わせた概念)を目指していかないと、なかなか製造業全体の実力が高まっていかないかなという風に考えてます」(森永氏)

②三菱重工業――エネルギーを「使う側」の責任

森原氏は、供給側としての立場を踏まえつつ、需要側の視点も重要だと指摘した。

「三菱重工は発電設備を中心としてエネルギーにコミットして事業をしていますから、その立場としてやはり技術や実態の真実を踏まえないわけにはいきません。再エネで賄えるに越したことはないとは思いますが、再エネだけでは電力が100%賄えない現実もあります。電力需要が増える中で、それを支えるガスタービンを、ビジネスとしてしっかりお客様にお届けするということは大事なことだと思っています。ただし、それで満足するわけにはいかず、発電効率を1%でも上げる努力をするとか、将来の脱炭素実現に備えて技術開発するとか、CO2回収等の事業も備えていかなければなりません。ものづくりだけではなく社会生活自体も成り立つようなアフォーダブルなエネルギーをどのように作るかという視点がないと、脱炭素を進めても社会が衰退しては本末転倒になりかねないと思います」(森原氏)

需要側の責任についても言及した。

「日本では、エネルギーは供給する側が頑張るべきもので、供給側が安くてCO2排出量の少ないエネルギーを安定して持ってきてくれるもの、というイメージが強いと思います。しかし、例えば電力は需給の同時同量が必要ですから、本来、使う側にも一定の責任があると思います。需給のタイミングを、エネルギーを使う、作る、運ぶと分解してみれば、エネルギーを上手に使うという観点が生まれます。エネルギーをどのように使うか、という観点では、まだまだエネルギー自体のコストも下げる余地がありますし、エネルギーを使う量が減れば排出も減ります。実際、当社では、エネルギーをどこに賢く使うかという観点で、工場のエネルギーマネジメント技術開発を始めています」(森原氏)

まとめ:サプライチェーン脱炭素で押さえるべき論点

本セッションは、気候科学の現在地から企業2社の現場実装まで幅広く扱ったが、経営判断に直結する論点は以下のように整理できる。

  • 気候科学の観点では、1.5℃目標の達成ペースは全く足りておらず、ティッピングポイントへの接近とオーバーシュート・ジオエンジニアリングの現実味という前提を踏まえた上で、脱炭素化の方向性自体は揺るがないという整理がある。
  • スコープ3のうちサプライヤー由来のカテゴリー1がスコープ3の過半を占める企業にとっては、算定支援や説明会など、圧力ではなく「支援・仲間」としてサプライヤーに向き合う関係構築が実務上の鍵になる。
  • 脱炭素を「地球への配慮」ではなく「エネルギーコスト上昇に対する経営課題」として翻訳することで、現場が具体的な取り組みに落とし込みやすくなる。
  • 1次データの活用(サプライヤー実データの反映)は、削減努力を正しく評価するための前提条件であり、プラットフォーム活用によって効率化を図りつつ地道な直接対話も並行させる必要がある。
  • GX-ETSなどのカーボンプライシングは、コストとして受け止めるかプライスとして事業機会に転換するかで対応が分かれ、社内炭素価格の設定や投資判断への組み込みが具体的な一歩となる。

いずれの論点も、脱炭素を「地球のための取り組み」から「エネルギーコストと事業競争力に関わる経営課題」へと翻訳できるかどうかに集約されている。


本記事は、ASUENE Sustainability Summit 2026(Forbes JAPANとの共催)パネルセッション「サプライチェーンの再構築が実現する、脱炭素と持続可能性」における、江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター副センター長 教授)、森原雅幸氏(三菱重工業株式会社 カーボンニュートラル推進室長)、森永泰弘氏(株式会社村田製作所 シニアマネジャー)の講演内容、ならびにモデレーターを務めた藤吉雅春氏(Forbes JAPAN編集長)の進行部分をもとに、一部を編集・整理して構成したものである。