前環境大臣が描く、日本のGX戦略――AI時代の電力需要とエネルギー安全保障、次世代技術の行方
浅尾 慶一郎
前環境大臣 参議院議員
昭和39年 2月11日生まれ。 少年時代を外交官であった父の赴任先であるアメリカ、カナダで過ごす。 栄光学園高等学校卒業 東京大学法学部卒業。米スタンフォード大学 経営大学院(MBA)修了。日本興業銀行出身。平成10年 参議院議員選挙初当選(参議院通算3期)平成21年 衆議院議員選挙初当選(衆議院通算3期)令和6年 第33代環境大臣就任。令和7年 自由民主党 党紀委員長就任。
アスエネは、Forbes JAPANとの共催による「ASUENE Sustainability Summit 2026」を開催した。本記事では、浅尾慶一郎氏(前環境大臣・参議院議員)による講演「日本のGX戦略のグランドデザイン」の内容を抜粋し、アフターレポートとしてお届けする。
本講演のポイント
- 気候変動という言葉を使わない米新政権とも、災害予防やエネルギー安全保障の文脈では対話の余地があり、投資家の運用ルールは政権の立場と無関係に資金の流れを左右し続けている。
- AIの普及により日本の電力需要は「減少」から「増加」へと構造転換し、ホルムズ海峡経由の原油・天然ガス依存という脆弱性を踏まえた国産エネルギーの再評価が進んでいる。
- 人工光合成は2030年の先行利用・2040年の量産化を掲げた国家ロードマップが存在し、国際海運の燃料規制が合成燃料普及の経済的な後押しになり得る。
- バイオマス・SMR・核融合など次世代電源は、里山管理や国際規制の統合、研究開発の進捗といった異なる制約・時間軸を持ち、並行して評価する必要がある。
気候変動を語らない政権と、変わらない資金のルール
①米新政権との対話で見えた「言葉を使わない」現実
浅尾氏は、2025年1月に自身が訪米した際のエピソードから講演を始めた。発足前のトランプ新政権下で、議会承認を経ずに面会が可能だった安全保障担当のマイク・ウォルツ氏(当時)と接触したという。米新政権は「気候変動」という言葉自体を使わない立場を取っているとした上で、浅尾氏は次のように振り返る。
「太平洋の当該国、島嶼国と言われるところが、海面上昇によって、まさに国がなくなってしまう、そういう危機に瀕しているわけです。こういったところに日米の技術でもって何らかの対応をしていった方がいいんじゃないかという話をしました。太平洋の島嶼国には中国が様々な形で進出してきているということもあって、これに対して日米で、海洋の安全保障の観点からも防災で協力できないかという提案をさせていただきました。それに対して先方から言われたのは、ぜひ日米だけではなくクアッドで、と。クアッドというのはオーストラリアとインドを入れたものです」(浅尾氏)
気候変動という言葉こそ使わないものの、災害予防・適応の文脈であれば米新政権とも対話の余地があるというのが浅尾氏の見立てだ。この件への関心はEUの環境担当閣僚からも示されたとし、米新政権との向き合い方について国際的な模索が続いている状況を紹介した。
②「信じるか信じないか」とは無関係に動く運用ルール
政権の立場とは別に、資金の流れを左右するのは投資家側の運用ルールだと浅尾氏は指摘する。訪米時に交流があったという大手資産運用会社トップの発言を、次のように紹介した。
「あの発言はアメリカの大手金融機関のトップによるものなので、どの立場から見ても波風の立たない、慎重な言い回しだという前提で聞いていただきたいのですが、自分たちが気候変動についてどう考えているかは関係ありません。政権が気候変動などないと言おうと、それがフェイクだと言おうと、信じているか信じていないかは関係なく、自分たちは人のお金を預かって運用しているわけですから、お金を預ける人が『このルールでやってくれ』と言えば、そのルールでやります。この運用のルールの中の気候変動に関するルールが変わらない限りは、その通りです」(浅尾氏)
浅尾氏はこの発言を受け、政権交代があっても資金の流れそのものが即座に大きく変わるとは見ていないとの認識を示した。
AIが逆転させた電力需要と、エネルギー安全保障の再評価
①「需要は減る」から「需要は増える」への転換
国際環境の変化として浅尾氏が次に挙げたのが、AIの急速な普及による電力需要構造の変化である。
「少し前までは、日本においては人口が減る、人口が減るということはご家庭の消費電力が減るので、電力需要は伸びないという予測がありました。それがAIが進展するということで、需要減ではなくなり、日本においてもこの需要の増加が予想されるという事態、電力において需要の増加が予想される時代になった、というのはもう皆様ご案内の通りの状況でございます」(浅尾氏)
②ホルムズ海峡と原油連動という脆弱性
需要増加を受けて浅尾氏が指摘したのが、エネルギー調達構造上のリスクである。
「日本に来る原油の94%ぐらいがホルムズ経由で、天然ガスについては生産の12%ぐらいではないかなということであります。しかし、ホルムズを通っていく天然ガスのうちの一部、かなりの量がヨーロッパ向けになりますので、世界的にこの天然ガスの値段が上がる要因になっています。日本の場合、電力で使う天然ガスも原油価格に連動している。これが結果として電力料金にも跳ねてくる可能性があり、諸々考えますと、再生可能エネルギーというものがやはり国際エネルギーの重要性として再認識されている状況だと思います」(浅尾氏)
再生可能エネルギーに加え、原子力についても稼働可能な設備を最大限活用すべき国産エネルギーの一つだと述べ、電力の同時同量制約に応える蓄電・調整力の重要性にも触れた。

ASUENE Sustainability Summit 2026:浅尾氏講演資料より
人工光合成と合成燃料――「ないものを生み出す」ロードマップ
①本多・藤嶋効果を起点とした社会実装計画
浅尾氏が環境大臣在任時に取りまとめたという人工光合成のロードマップについて、次のように説明した。
「日本は光合成の研究では世界のトップランナーです。本多・藤嶋効果という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれませんが、ある触媒を水の中に入れておくと、光が当たることで水素が発生する。植物が行っているのはまさに、葉っぱに光が当たって電子が励起され電流が流れて、空気中の水蒸気が分解されるということです。こうしたことを踏まえて、人工光合成の早期社会実装のロードマップを完成させることができました。2030年には一部技術の先行利用、2040年には基礎原料の量産化という目標を掲げさせていただいています」(浅尾氏)
2030年時点では香料や糖類など、価格転嫁の余地がある高付加価値分野からの先行利用を想定しているという。

ASUENE Sustainability Summit 2026:浅尾氏講演資料より
②国際海運の燃料規制が生む合成燃料の需要
合成燃料の普及を後押しする要因として、浅尾氏は国際海運分野での規制動向を挙げた。
「国際的な船舶向け燃料についてはほぼ合意ができておりましたが、残念ながらトランプ政権が反対を示しているので、条約の取りまとめには至っていません。船のオーナーが重油を使っている場合には、1トン当たり200ドル程度の課徴金が請求される、というような制度が検討されています。今の重油の値段プラス200ドルよりも安く合成燃料ができるのであれば、そちらに移行するというのが経済の当たり前の法則です」(浅尾氏)
浅尾氏は、こうした国際的な社会的規制が価格差を縮め、日本発の合成燃料技術を世界に展開する契機になり得るとの見方を示した。
蓄電・バイオマス・SMR・核融合――次世代の選択肢
①里山管理の副産物としてのバイオマス発電
再生可能エネルギーの出力変動を補うバックアップ電源として、浅尾氏は身近な事例を紹介した。
「明治の初期の頃は国土の14%が草原でしたが、今や国土の1%しか草原がありません。13%分は薪炭林として利用されなくなったので、そこに雑木が入ってしまった。例えば岩手県の盛岡市に熊が出るというのも、市の近くを流れる川の河畔が雑木林になっていて、熊にとって格好の隠れ場所になっているからです。こうした森林をある程度管理して切っていくと、大量のバイオマス燃料が発生します。再生可能エネルギーが例えば曇りで太陽光発電量が少ない時に、バイオマスでバックアップ電源として活用することも考えられます」(浅尾氏)
②SMRに残る国際規制の壁
小型モジュール炉(SMR)については、経済性を確保する上での課題を次のように語った。
「SMRは大量に作らないと採算が合いません。1つの国で大量に作ったものを複数の国で活用していった方が効率がいいわけですが、規制がそれぞれの国でバラバラだと、なかなかうまくいきません。ですから、規制の統合ということも今後の課題として考えていった方がいいのではないか、ということをIAEAの事務局長とも話をさせていただきました」(浅尾氏)
③レーザー方式核融合という「夢」の進捗
最後に浅尾氏が触れたのが核融合だ。ノーベル物理学賞受賞者である中村修二氏が取り組む研究を例に挙げた。
「中村修二さんというノーベル物理学賞を受賞された方がいらっしゃいます。青色LEDを発明した方ですが、今は核融合の研究をしています。核融合には磁場方式とレーザー方式の2つがありまして、中村さんがやっているのは学会の主流ではないレーザー方式です。このレーザー方式の核融合が、アメリカのローレンス・リバモアの研究所において、1のエネルギーを投入したら4ぐらい出てくるようになる。こうした技術も、場合によっては2030年代の半ばには実用化されるのではないかと思います」(浅尾氏)
まとめ:言葉が変わっても、動いているものは変わらない
浅尾氏の講演に一貫していたのは、「気候変動」という言葉の扱われ方が政治的に変化しても、資金・エネルギー需要・規制・経済合理性といった実体はそれぞれ独自の論理で動き続けているという見立てだ。経営として押さえておくべき論点は以下の通りだ。
- 米新政権は「気候変動」という言葉こそ使わないが、災害予防・適応やエネルギー安全保障の文脈であれば対話は成立しており、言葉の有無ではなく実質的な協力の余地を見極める必要がある。
- 投資家の運用ルールは政権の立場や思想信条とは無関係に機能しており、資金の流れを左右するのは政治的な発言よりも、資金を預ける側が定めるルールそのものである。
- AIの普及により、日本の電力需要は「減少」を前提とした従来予測から「増加」へと構造的に転換しており、エネルギー調達の前提条件を見直す局面にある。
- 原油・天然ガス価格の連動構造や地政学リスクを踏まえ、再生可能エネルギーや稼働可能な原子力など国産エネルギーの重要性が改めて見直されている。
- 人工光合成・合成燃料は2030年(先行利用)・2040年(量産化)という国家ロードマップに基づき進められており、国際海運の燃料規制のように経済合理性が普及を後押しする局面も想定される。
- バイオマス・SMR・核融合など次世代電源の選択肢は、里山管理や国際規制の統合、研究開発の進捗といったそれぞれ異なる制約と時間軸を持ち、単一の技術に絞らず並行して評価する必要がある。
いずれの論点にも共通するのは、政治的な言葉遣いの変化に一喜一憂するのではなく、資金・需要・規制・技術という実体がどのような論理で動いているかを見極めることの重要性である。
本記事は、Forbes JAPANとの共催による「ASUENE Sustainability Summit 2026」における浅尾慶一郎氏(前環境大臣・参議院議員)の講演パートを抜粋し、一部内容を整理・再構成したものである。